女詐欺師から買い取った知識の書で、王都警備隊長代理となった若者は最初の難事件に挑む
「では、隊長さんのお使いが残ってますので……まったくもう! 怪我人でなかったら、あそこで渡して帰れたのに」
イリミエに見せた美しい微笑が、膨れっ面で台無しになる。
ヴォーダンが開け放った戸口をずかずか出て行ったリーヴは、後ろ手に引き戸を閉めた。
詰所にひとり残されたイリミエは、窓から見送りもしない。
しばらく、リーヴから受け取った本を机に置くと、擦り切れた古い革の表紙を何度も撫でる。
やがて、深いため息をつくと、無造作に選んだ羊皮紙のページを開いた。
そこには、こう書いてある。
新しい葡萄酒は、古い革袋を破る。
首を傾げたところで、馬の蹄の音が近づいてくるのが聞こえた。
しばらくして、詰所の引き戸が開く。
「すぐに来てください! 隊長代理、事件です!」
翌日、イリミエはヴォーダンの病室にいた。
傷はほとんど癒えているのに、医者に言われるまま横たわっているベッドの傍らの椅子には、淡い草色の服をまとったリーヴが座っている。
まるで恋人同士か若い夫婦に見える二人を見下ろして、イリミエは咳払いをする。
身体を起こしたヴォーダンが苦笑しながら、ねぎらいの言葉をかけた。
「ご苦労だった。連絡役の隊員から、お前が解決したと聞いたときには驚いたが」
イリミエは、露骨に不機嫌を顔に出した。
「当然です、隊長代理ですから」
ちらりとリーヴを眺めると、いつものフリル付きの大きな襟の辺りを、まるで豊かな胸元を覗かれたかのように押さえるのが見えた。
それが心のときめきを隠しているかのように思われて、イリミエは傲然と胸を張った。
ヴォーダンはというと、本部で隊長の机に向かっているかのような、真剣な目つきでイリミエを見据えた。
「それで、現場は?」
「ワイン商ウィーニの屋敷です」
細かい説明をしないのは、王都でもアヘヌス並みに名の知れた豪商だからだ。
ただ、リーヴだけが興味深げに質問を繰り出してくる。
「どんな方ですの?」
「王都に広い敷地を持っている大商人です」
家々がひしめき合っているようにも見えるが、それは庶民の家である。
それなりの身分や財産を持っている者は、それなりの邸宅を持っている。
「何があったんですか?」
「倉庫に保管してあった商売繁盛の神像が盗まれました。創業者は、これを手にしてから財を成したとか」
想像がつかないのか、リーヴは首を傾げた。
「神像?」
「懐に入るくらいの、小さな黄金像です」
イリミエにしても、事件が解決して初めて目にしたくらいだ。
教会で崇められている唯一神よりも古い時代に信仰されていた神々のひとつだろう。
そこでヴォーダンが確認してきた。
「どう管理されていた?」
「倉庫の中にある、大きな石の箱です」
ヴォーダンは、不審げな顔をした。
「……鍵は?」
「ありません。代わりに、分厚く重い石の板が乗せられていました」
リーヴもまた、怪訝そうな顔をする。
イリミエをじっと見つめて尋ねた。
「なぜ、そんなことを?」
答えようと口を開いたところで、ヴォーダンの得意げな説明が入ってしまった。
「錠前は、合鍵を作られてしまえば終わりだ。だが、分厚くて重い石の蓋なら、掴むこともできないから、動かすのは一苦労だろう」
リーヴは、こともなげに答えた。
「ひとりでは無理でも、数人がかりならできます」
そのやり取りに、イリミエは無理やり割って入った。
「倉庫番がいます。人がたくさん入ろうとすれば、気付くでしょう。そんなときは、すぐ警備役へ注進に走ることになっています」
ヴォーダンが、隊長の顔に戻って尋ねる。
「状況は?」
話を誇張しないよう、イリミエは聞かれたことだけど報告した。
「僕たちが着いたときには、全ての使用人が、敷地に並んで待機させられていました」
ほう、とヴォーダンは感嘆の声を漏らす。
「判断の早い主だな。使用人が犯人かもしれないからな」
「一応、検問は張っておきました」
イリミエが仕事の早さをひけらかすと、王都警備隊長は、さらに踏み込んできた。
「身体検査は?」
その問いに、イリミエは、にやりと笑った。
「敢えてしませんでした」




