病室を抜け出して酒を飲もうとする隊長を追い返して、女詐欺師は魔法の本と引き換えに宝石を巻き上げます
もっとも、そのときには、イリミエは神速の動きで剣を鞘に収め、リーヴは鼻息も荒く心張棒で素振りをしている。
「いえ……ちょっと、急に武術への興味が湧きまして、詰所で教わろうと思い立ったら、偶然、イリミエさんが……って、ヴォーダンさん!」
床に放り出された心張棒が、からんからんと高らかな音を立てた。
つかつかつかとヴォーダンに詰め寄ったリーヴは、まな板の上で包丁が野菜を千切りにするときの音のような勢いでまくしたてる。
「さっき酒って言いましたよね酒って! ちょっと怪我がよくなったからってこっそり病室抜け出したりして、何やってるんですか! すぐ帰ってください、すぐ戻ってください!」
イリミエも、取り調べのときに犯罪者を怒鳴りつけるときのような剣幕で、上司を責め立てた。
「そうですよ、負傷した王都警備隊の隊長が王立病院の規則破って外出歩いて飲酒なんて、示しがつきませんよ示しが!」
目をぱちくりさせるヴォーダンを、さらにリーヴは罵り倒す。
「あ、分かった、酒飲みのくせに甘いもの買って来いなんて言ったの、このためだったんですね!」
思い付きで言ったことが、図星だったらしい。
「面目ない……このことは、内密に」
小さくなっていたヴォーダンは、急に胸を張ってそれだけ言い残すと、自分で一歩下がって引き戸を閉めた。
その姿が遠ざかっていくのを、窓を開けて確かめたところで、二人は話を仕切り直した。
イリミエは、ムキになって言い切った。
「経験より、知識だ!」
だが、その声はしどろもどろに震えている。
その場の思い付きでものを言っていることは、明らかに分かった。
求婚は断られ、剣技では後れを取り、もはやイリミエは引くに引けない。
そこでリーヴが、籠の中から取り出したものがある。
一冊の、古ぼけた、革表紙の本だった。
「では、これと引き換えに受け取りましょう、そのダイヤモンドを」
「……これは?」
怪訝そうな顔で、イリミエはしげしげと本の表紙を眺める。
リーヴは、にっこりと微笑んでみせる。
「世界の知識を網羅した本です」
トロール界の最高判官トゥオーマリが禁を冒して人間界に出現した理由を知りたくて、レイフにねだった本だ。
結局、人間界に興味を持ったからではなかったので、王宮の書庫から持ち出してもらうこともなかったことになる。
もらったときに目を通したが、そのときはトロール語で書いてあった。
人間界で確認したら、人間の言葉で書いてある。
どうやら、開いた場所に必要な言葉で知識を伝えてくれるらしい。
最後のカモがいつ見つかるかもしれないので、どこへ行くにも持ち歩いていたのだった。
イリミエはつぶやく。
「まさか……」
だが、その手は、何のためらいもなく本を手に取っていた。
リーヴもまた、机の上に置かれた箱から大粒のダイヤモンドを取り出すと、イリミエに向かって掲げてみせる。
ここで成立したのは、婚約ではない。
取引による交換だった。
だが、宝石の元の持ち主は、次の持ち主に向かって宣言した。
「証明してみせます! 私が隊長より優れていることを」




