年下の貴族隊員が見せる剣技は意外にも神速だったが女詐欺師には及ばず、隊長もふたりきりの現場を目撃する
まっすぐに見つめてくる澄んだ目に、思い出したものがある。
トロール界のリッカウで会った、若い兵士のまなざしだ。
サイを南の辺境ソーデルの領主へ返しに行った後、どうしているだろうか。
イリミエも、同じくらいの年頃に見える。
そう思うと、うかつなことを言ってしまったのかもしれないと気になった。
……どうも、年下の男は分からない。
よく考えてみれば、レイフが最初で最後の男になるはずだったのだから仕方がない。
あれこれ考えていると、イリミエは突然、陽気な声でしゃべりだした。
「いい方なんですがねえ、うちの隊長。でも、家柄がね」
どこかで見た光景だったが、思い出したくない。
ヴォーダンの話をして、気を紛らせるしかなかった。
「……たいへん、苦労なさったとか」
だが、イリミエの放言は収まらない。
「そりゃ、私ほどぱっとしないし、学もないですから」
平静を装ってはいるが、レイフには及ばない。
ソーデルで、ユルムス侵攻から婚約破棄に至る一切の計画が書かれた書簡を手にしたときも、平静を保とうとはしていた。
このお坊ちゃんは、感情のままにまくしたてているだけだ。
懐かしさと、それを拒む怒りと、目の前の少年の幼さに呆れる気持ちの入り混じる中で、リーヴは静かに告げた。
「でも、お仕事の上での働きで、あなたは及ばない」
それは、貴族のお坊ちゃんの感情を大いに逆撫でしたようだった。
ダイヤモンドを箱ごと机上に置いて、低くつぶやく。
「チャンスがないだけだ」
「あっても、それなりのご経験がないと」
リーヴがさらに追い詰めたのは、イリミエに恋を諦めさせたいからにほかならない。
だが、火に油を注ぐばかりだった。
「それなら、見せてやる」
剣を抜こうとする片手を、リーヴは見逃さなかった。
その脇の、ガラ空きになった隙へと一歩踏みこむ。
イリミエは慌てて、身を翻す。
そのときにはもう、向き直ったリーヴに、引き戸を閉めていたはずの心張棒で、剣の柄に掛かった手を押さえられていた。
「ここまでにしましょう」
リーヴは穏やかな声でなだめたが、イリミエは聞かなかった。
「女だから、ちょっと油断しただけだ!」
無言で心張棒を引いてやると、凄まじい速さで剣が抜き放たれた。
……ただのお坊ちゃんじゃない?
さらに、剣は変幻自在の軌道を描いてイリミエの周りを飛び回る。
狭い部屋の中で、その勢いはとどまることがない。
それがいかに優れた技量によるものかは、トロールの戦人としてのリーヴには肌で分かった。
……普通なら、壁や梁に刃がぶつかりそうなものだ。
だが、恐れるほどのことはない。
リーヴはその刃の前に敢えて飛び出した。
「危ない!」
イリミエが慌てて叫んだ時には、その喉元に心張棒が押し当てられていた。
「これが本物なら、ここでお命を頂戴しておりますわ」
首筋を見下ろそうとする目が、育ちの良さそうな端整な顔を引きつらせた。
悔しげに寄せられた眉の間を、油汗がしたたり落ちる。
そこで、引き戸がガラリと開いた。
「昼間からすまんが、酒を一杯……って、何やってんだ? イリミエ……リーヴさん?」
詰所の戸口では、普段着のヴォーダンが立ちつくしていた。




