美少年から突然に求婚されて、女詐欺師は一瞬とはいえダイヤモンドに目がくらむ
「僕と、結婚してください!」
この一言には、さすがのリーヴも唖然とした。
王都の、とある一角の警備隊詰所である。
事務用と思しき質素な机に椅子が1組ずつ、狭い部屋の中に背中合わせの形で置かれている。
その間には、小さな机を挟んで、椅子が2つ置かれていた。
おそらく、ここで1人が事情聴取をして、もう1人が記録を取るのだろう。
だが、ここにはリーヴと、宝石の入った小さな箱を差し出すイリミエしかいない。
その背後にある、心張棒をかけた引き戸を眺めながら、奥歯を噛みしめる。
……不覚だった。
たかが人間の貴族の坊ちゃんと侮ったのが甘かったのだ。
リーヴと二人きりになる状況を巧みに作り上げたイリミエは、監禁罪に問われる危険も何のその、一気にまくしたてた。
「初めて会ったときから、ずっと気になっていました。ずっと見ていたんです、ときどき突っかかったりして……隊長に、あなたへの僕の気持ちがバレないように」
実を言えば疑われているのではないかと警戒していたが、それは思い過ごしだったということだ。
イリミエの告白は、さらに勢いを増す。
「どこの方かもわからないのに、こんな気持ちになってしまうのはいけないことだとは分かっています。それでも、僕はあなたが欲しい。お美しいだけじゃなく、僕たちの話に割り込んでくるときの、あのお言葉のひとつひとつには、磨き上げられた知恵がありました。リーヴさん、僕には、あなたでなくてはいけないのです。どうか僕を、あなたの人生の伴侶にしてください」
そこまで言い切ったところで、荒い息で形を弾ませる。
ようやく、リーヴがおずおずと口を開いた。
「あの……」
リーヴが差し出したのは、籠の中の砂糖菓子だった。
求婚の姿勢のまま、イリミエはきょとんとする。
「これは……」
「差し入れです、隊長からの」
この人間界でリーヴがついてきた嘘のうちでは、最低の出来だった。
正確には、ヴォーダンへの差し入れである。
朝から甘いものが食べたいというので、いつも通る道で見た店で買ってきたのだ。
まさか、途中の詰所から出てきたイリミエに呼び止められるとは思っていなかった。
必死で笑顔を作りながら、腹の内で毒づく。
……こんな待ち伏せに引っかかるとは。
ヴォーダンの病室に通ううちに、王都グランナミア警備隊の仕組みについても少しずつ分かってきた。
イリミエはヴォーダンの周りをうろちょろしているが、副官でも何でもない。
家柄がいいので、庶民出では対応できない貴族たちの相手をさせられているだけだ。
それを重用されていると勘違いしているだけの、ただの腰巾着に過ぎない。
王都のあちこちにある詰所を、交代で担当させられる程度の地位でしかないのだ。
この詰所にいたのは、傷の癒えた隊長が出歩かないか心配だとでも言って、担当と当直を交代したからだろう。
リーヴが何も言わないのをいいことに、イリミエは一方的に求婚の言葉を述べ立てる。
「僕はホーグモッド伯爵家の三男ですが、貴族の身分の他には何一つありません。このダイヤモンドは、貯えの全てと引き換えに手に入れました。これを婚約の証として受け取ってください」
警備隊員の給料は安い。
親の脛をかじるよりは遥かに健気だが、リーヴはきっぱりと断った。
「受け取れません……」
何よりも、目の前のダイヤモンドは喉から手が出るほど欲しい。
詐欺ではないのだから、盗賊ギルドに儲けの1割を払う必要もない。
口惜しさで声が震えたが、それをどう誤解したのか、イリミエは呻いた。
「やっぱり……隊長なんですね」
「え……?」
再び、リーヴは言葉を失った。




