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女詐欺師に魂を買った老巨匠は、展覧会の絵の間を彷徨う

 その弾む背中を見送ったコンスタンドラが、軽やかに言った。

「いい方ではありませんか」

 しばしの沈黙の後、カテオスは苦しい息と共に答えた。

「いずれ、私があやつの前に膝を折る日が来る」

「引退なさったら?」

 美しい画商は、さらりと言う。

 ご謙遜を、と普通なら言うところだ。

 つい口を突いて出た重い本音を簡単な結論で返されて、カテオスは目を剥いた。

「生きているうちに、過去のものになれというのか?」

「では、もう一度、今を生きましょう」

 すかさず訴えるコンスタンドラの口調には、一転して熱が込められていた。

 カテオスは、ふんと鼻を鳴らす。

「今更、画風は変えられん」

 ふてくされてみせると、かえって気が楽になる。

 コンスタンドラはというと、しげしげと巨人殺しの絵を眺めていた。

「見る者を変えればいいのです」

 そんなことができれば、苦労はしない。

「去った流行は、30年はせんと戻らん」

 カテオスは自嘲する。

 とても、それまで生きてはいられないだろう。

 だが、コンスタンドラは身を乗り出してきた。

「3人が褒めれば、どんな絵でも名画になるものです」

 そんなにうまくいくものではない。

 王都の片隅に、絵の分かる者がほんの何人かいたところで、何も変わりはしない。

 カテオスがまぜっかえした。

「だから審査員も3人だ」

 声の大きな者を動かさない限り、絵を見る物差しも変わりはしないのだった。

 そこでコンスタンドラが、居住まいを正した。

 背筋を伸ばして、まっすぐにカテオスを見つめる。

「そこで、良い画を贈りたいのですが」

 画商なら、絵の分かる者をたくさん知っていることだろう。

 祝い事であれ、何かの記念であれ、描いたものを選んでもらえるのは嬉しいものだ。

 もっとも、その喜びを顔に出すのは癪に障る。

「持っていくがいい」

 巨人殺しの絵に向かって顎をしゃくる。

 だが、コンスタンドラは肩をすくめて声を落とした。

「あなたのものでは足がつきます」

 その意味することをしばらく考えて、カテオスは呆然と口を開いた。

「賄賂……にするというのか」

 途中から怒りを抑えようとはしたが、身体の震えは収まらない。

 立ち上がろうとするカテオスを手で制して、コンスタンドラは、さらにひと言、押してきた。

「ですからなおさらあなたの絵では」

 足がつくと言いたいのか。

 それとも、金にならないと言いたいのか。

 しばらく経って、カテオスは苦虫をかみつぶしたような顔で承諾する。

「紹介しよう」

 震える声で、心当たりの名前をいくつか挙げる。

 だが、自分で買収を持ち掛けておきながら、コンスタンドラは身を震わせた。

「私などにはとても手が出ません」

 そうだろうな、とカテオスは自嘲気味に答える。

 やるからには、自分の手を汚さねばならないということだ。

 部屋の真ん中にしゃがみ込む。

 そこにある蓋を開けると、床下から金貨の袋を取り出した。

 声を潜めて、ラーリンに気付かれないようにコンスタンドラに囁く。

「……これだけあれば足りるだろう、いまどきの絵を買うには」


 展覧会当日、カテオスは自分の絵を探しに行った。

 会場となった王立芸術院の高い石階段を、かつては意気揚々と上ったものだ。

 だが、今ほど恥ずかしい思いをしたことはない。

「もはや、これまでの私ではないのだから」

 そのつぶやきを誰に聞かれようと構わなかった。

 これだけ穏やかな気持ちで、自分の絵を見に行ったこともなかったのだ。

 かえって、弟子の絵が選ばれたのかどうかが気になった。

 探し回ってみたが、ラーリンの絵はない。

「やはり、私には及ばなかったか」

 安心したような、寂しいような気持ちで、クロンヒット侯爵家令嬢の肖像画を探して歩く。

 その間にも、何人もの知った顔とすれ違った。

 何度目かの軽い会釈で、気付いた。

 誰もがカテオスの顔を見ると、会釈するだけですぐに立ち去るのだ。

「私が何をしたというのだ」

 それは、自分で分かっている。

 だが、あちこちで、ひそひそ噂しあう声が聞こえるのは気がかりで仕方がなかった。

「あれ、カテオスじゃ……」

「……何しに来たんだ?」

「何も起こらないといいけど」

 いや、何かが起こっている。

 そんな胸騒ぎがして、会場中を駆け回った。

 見る者のまなざしが、全身に突き刺さる。

 それでも、結局、何事もなかった。

 展覧会に、カテオスの絵がないことを除いては。

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