包帯でフリルの付け襟から警備隊長の目をそらした女詐欺師は、リンゴの皮をうまく剥けない
「お加減はいかがですか?」
リンゴの入った籠を手首に提げたリーヴが病室の扉を開けると、ヴォーダンはごそごそとシーツの中に潜り込んだ。
「すみません、毎日毎日……」
「いいえ、1日おきですよ」
そう言いながら、リーヴはベッドのそばの椅子に腰掛けた。
最初の見舞いから7日後に1回来たのが、次は3日に1回になり、しまいには1日おきになった。
そのたびに、籠に盛られていたリンゴは減っていく。
1日に1個の割合で、7つが3つに、そして2つになったうちの1つを、リーヴは剥きはじめた。
もっとも、皮が螺旋状にしゅるしゅると伸びていくというわけにはいかない。
ベッドに横たわっていたヴォーダンは苦笑した。
「リーヴさん、私が」
そう言うなり、再び身体を起こすと、肋骨の辺りを押さえて呻いた。
「ダメです、ケガ人なんですから」
つい、リーヴも慌てたが、その隙にリンゴとナイフを奪い取られた。
「最初は驚きましたよ、そのケガ人にリンゴを丸ごと渡すんですから……その次はナイフで真っ二つ」
トロールにとって、果物や野菜は、切るか丸かじりするものでしかない。
ナイフで戦えと言われれば、神速の切っ先を相手の急所に抉りこませることもできるが、皮剥きに使ったことはなかった。
恥ずかしさにうつむきながら、リーヴは話をそらして気まずい間を持たせる。
「イリミエさんは?」
「俺の代理だからな」
答えながら、ヴォーダンは切ったリンゴを枕元の小皿にのせて差し出す。
それをかじりながら、リーヴはさっき自分が入ってきた扉を見つめた。
「そうそう来られませんね」
残った半分のリンゴを掴んでかぶりつきながら、ヴォーダンは悪態をつく。
「要らん気を遣いおって……」
その意味を察したリーヴは、かつて姫君であったときのように、はにかんで笑った。
「まさか、そんな仲でもありませんのに」
ふと気づいたように、ヴォーダンは尋ねた。
「あなたは? お忙しいんじゃありませんか?」
「店番がおります」
実を言えば、王都の端で持ち主のいない空き家をいくつも探して、そこを転々としている。
そのうちのいくつかは、扉に「近日開店」の札が下げてある。
看板も掛けてはいないから、目に留める者などいるはずもない。
リンゴを食べ終わったヴォーダンは、肩をすくめた。
「すみません、お見舞いをいつも」
いいえ、とだけ、リーヴは挨拶する。
持参金を稼ぐためには無駄遣いができないはずだった。
それでも、ヴォーダンのもとに通わずにはいられない理由がある。
たとえ悪人でも、殺させはしない。
真剣な顔で、そう言ったのがどうしても気になって仕方がないのだった。
……だから、あのとき、手が止まった。
トロールの姿を晒した夜、皆殺しにできるはずの警備隊員から逃げ出した自分に納得がいかない。
そう思うにつれて、ヴォーダンを知りたいと思うようになったのだった。
……何を考えているの? この男は。
気さくだが、ちょっとガサツで、細かいことは気にしないようだ。
繊細で物静かだったトロールの王太子レイフとは、正反対だった。
そのヴォーダンは、ふとリーヴの足首に目を遣った。
「どうなさったんですか? その包帯」
「ええ、転んで強く打ったので、膏薬を塗っているんです」
すかさず答えたが、これはごまかしだった。
怪我などしていない。
包帯を見せることで、隠していることから目をそらすことができる。
大きなフリルの付け襟で隠しているが、実は胸元にトロールの緑青色の肌が傷のように覗いている。
ヴォーダンと戦ったときに、その辺りで魔法の衣を切られたのだった。
それに気付かれないよう、スカートの裾をめくり上げてみせる。
慌てて目をそらしたヴォーダンは、リーヴの顔を見つめた。
「カテオスを知ってますか? 王都ではよく知られた画家ですが……」
ええ、と答えると、王都の警備隊長は、イリミエから報告された話を語りはじめた。




