傷心の令嬢は自らの力で立ち上がり、負傷した隊長は女詐欺師の正体に一歩近づく
マサイルが目を覚ましたのは、暗い部屋のベッドの上だった。
「ここは……」
クロンヒット侯爵邸で開かれた、嫡男アーデルの誕生日パーティーに招かれたのだと思い出した。
「なんて恥ずかしい真似を……」
顔を覆うと、パーティー会場の酒や料理を手当たり次第に貪り食った記憶が蘇る。
その屋敷の一室でベッドに横たわっていることなどできはしない。
一刻も早く帰ろうと跳ね起きたところで、枕元に置かれた手紙が目に留まった。
恐る恐る手に取ってみる。
美しい筆跡で書かれていたのは、アーデルからの気遣いの言葉だった。
無理なお誘い、誠に申し訳ありません。今後のご出席には及びませんので、どうぞ、養生なさってください。
その数日後のことだった。
警備隊本部からそれほど離れていない王立病院の一室に、二人の客が訪れていた。
迎えたのは、包帯を巻いた逞しい身体をベッドの上で起こしたヴォーダンである。
トロールとの戦闘で受けた傷の痛みのせいか、呻き声を立てる。
イリミエは慌てて駆け寄った。
「寝ていてください、全身打撲の上、肋骨が2本折れてるんですから」
ご無理なさらず、とリーヴに遠慮がちな声をかけられたヴォーダンは、しばらく息を整えてからイリミエに尋ねた。
「イリミエご苦労。報告してくれ、俺の代わりに聞いてきたことを……クロンヒット侯爵のご令嬢に何があったか」
だが、イリミエは答えない。
ちらと見やったまなざしは、ベッドの向かいに回ったリーヴに向けられている。
席を外してほしいが、なかなか言い出せないという顔をしていた。
リーヴはというと、平然と応じる。
「隊長さんさえよろしければ」
ヴォーダンが頷くと、イリミエはすっきりした顔で語った。
事件の次の日、本部へ駈け込んで来たレイングタン子爵の訴えでは、マサイル嬢は二度と部屋から出られないほどに傷ついているということでした。
直接、子爵邸で話を聞こうと思ったのですが、令嬢ご自身で警備隊本部に現れたのには驚きました。
お呼びだてして申し訳ありません、と挨拶したら、返事はこうです。
「かえって、外へ出る決心がつきましたの」
子爵は子爵で、お屋敷への人の出入りを使用人から聞き取られていました。
訴えで伺った、マサイル嬢が子爵に内緒で招き入れたという女の話を聞きますと、たいへん恥ずかしげに答えなさいました。
「クロンヒット侯爵家のパーティーがありましたので……」
アーデル殿の名前が出なかったので、事情はだいたい察しがつきました。
そこで差し出されたのは、小さな薬壺です。
「これを買いました」
何の薬かは聞きませんでした。
子爵から、見違えるほどすっきりした身体になったと聞いておりましたので……。
そこで、必要なことだけ聞くことにしました。
「それで、その女詐欺師の背格好は、覚えていますか?」
「どうお答えしてよいか……」
マサイル嬢が腰回りに手をやったところで、目にいっぱいの涙が見えました。
これでも貴族隊員ですので、ご令嬢をどう扱っていいかは心得ています。
事情聴取はそこで終わりましたが……充分ですよね? 隊長。
話を聞いたリーヴは、ひとことだけつぶやいて、病室を出て行った。
「別腹は、女の夢ですから」
それを見送ったヴォーダンは、イリミエに命じた。
「本部から、あの似顔絵を持ってこい」
子爵の訴えがあったという報告を受けたところで、隊員にはパーティの出席者をしらみつぶしに当たらせた。
そこで名前が挙がってきたのは、王都でも名を知られた画家カテオスだった。
イリミエに持ってこさせたのは、思い出せる限り描かせた、パーティーの客の似顔絵である。
それらに目を通していたヴォーダンは、ふと手を止めた。
イリミエに似顔絵を全て持ち帰らせた後、リーヴの立っていた辺りに目を遣る。
だが、ベッドに再び横たわると、目を閉じてつぶやいた。
「いや、王都に今、何千人いると思ってるんだ……」
他人の空似ということもある、とまでは言わずに、ヴォーダンは安らかな寝息を立てはじめた。




