恋に悩む令嬢は魔法の薬で理想の身体を手に入れるが、その代償はないわけではない
パーティーに着ていくドレスを作るにあたって、マサイルは服屋を何度も呼ばなければならなくなった。
「いやはや、困りましたな。お嬢様の衣装、作るたびに採寸のやり直しです」
物売り娘のミョルクニンから買い取った、「食べても太らない薬」の効果は絶大だった。
すっきりした身体とドレスの優美なラインを、マサイルは交互に眺める。
薬の代金は決して安くはなかったが、ドレスに使ったことにすれば、父であるレイングタン子爵には分からない。
「面倒をかけてすみません。これから同じことが続くかと思いますが、それだけの手間賃はお支払いいたします」
そこまで述べ立てたところで、マサイルの足元はふらついた。
額を押さえると天井を仰ぎ、めをしばたたかせる。
しゃがんだところで、服屋がドレスを抱えて手を差し出した。
「……お嬢様? どうなさいました?」
その手を拒んだマサイルは、自分の足で立ち上がる。
「いえ、ちょっとめまいが」
だが、押さえているのはもう、額でも目でもない。
身体の中で音を立てはじめた、胃のあたりだった。
やがてやってきた、クロンヒット家の嫡男アーデルの誕生日パーティーの席には、ドレスを着たリーヴもいた。
もちろん、魔法の衣が形を変えたものである。
薬の代価として要求したのは、金だけではない。
このパーティーへの出席であった。
屋敷の2階にある大広間では、招待された数多の貴族や富豪が笑いさざめいている。
その中で影のようについて歩くリーヴに、マサイルは振り向きもしないで囁いた。
「本来ならご一緒できない会です。レイングタン家の名前でクロンヒット家にお願いしたものですので……」
「ええ、ご迷惑はおかけしません」
声を潜めて答えたところで、着飾った夫人がマサイルを見かけて声をかける。
「あら、レイングタン子爵のお嬢様? お美しくなられたわ、しばらく見ないうちに……」
その胸元に光るルビーを、リーヴは見逃さなかった。
マサイルが会釈したところで、顔を伏せる。
リーヴの金髪を見た貴婦人が、感嘆の声を上げた。
「まあ……きれいな御髪ですこと。どちら様?」
「ミョルクニンと申します。マサイル様のもとに出入りを許されて、宝石を商っております」
そこで懐から取り出したのは、豪商アヘヌスから手に入れた紫水晶だった。
「まあきれいですこと」
その白々しい声に、さっき目をつけたルビーをほめちぎって返す。
「いえいえ、この真紅の輝きには及びません……さすがは王都、石の質が違います」
貴婦人は気を良くしたのか、自分から長々としゃべりだした。
「そうでもございませんわ。たまたま出入りの商人が持って来たんですのよ、手ごろな値段のものは買い占められてしまって、こんな高価なものしか持って来られなかったと。何とか買い取ってほしいと泣きつかれまして……」
そこで集まってきたのは、他の貴婦人たちだった。
女が集まると口さがない噂話が始まるのは、人間もトロールも同じらしい。
「まあ、素敵なルビーを手に入れられたこと……そうなんですの、誰かが宝石を買い漁っているとか」
誰あろう、リーヴのことである。
これまで随分と荒稼ぎをしてきたが、額面だけで流通する人間界の金貨は純度が低い。
かさばるのを我慢してトロール界へ持ち帰ったところで、どこまで持参金の足しになるかは分からない。
それよりは、トロール界でも価値のある宝石に換えたほうが都合がよかった。
巧みに話を合わせながら、リーヴは貴婦人たちの胸元や指先を物色する。
「どこの成金でしょうか? かの豪商アヘヌス殿もすっかり老け込んでしまったそうですし……」
もっとも、マサイルに水を向けるのを忘れない。
「ところで、クロンヒット侯爵の若様は、どちらに?」
「ええ、アーデル様はもうしばらくしたら……」
どこにいようと、別に構わない。
貴婦人たちの目をマサイルに向けておいて、ルビーの持ち主に買い取りの話を持ち掛けたかったのだ。
その狙いは当たった。
「あら、すっかり見違えましたわ……」
「どんな美容をなさったの? ぜひ伺いたいわ」
声をかけてくるのは、貴婦人だけではない。
長い白髪を馬の尻尾のようにまとめた身なりのいい老人が、音もなく歩み寄ってきた。
「画家のカテオスと申します……次の王立芸術院出展作品に、肖像画を描かせていただきたいのですが」
マサイルは、口に手を当ててうろたえた。
「いいんですの? 私なんかで」
「このカテオスの眼に狂いはございません!」
そこで、高らかなファンファーレが鳴り響いた。
大広間の奥から現れた美青年に、マサイルが息を呑む。
ほかならぬ、クロンヒット侯爵家の嫡男アーデルであった。
「皆様、私の誕生会にお越しくださいまして、まことにありがとうございます! お酒も料理も、充分にございます。どうぞ、存分にお楽しみください!」
楽団の演奏の中、料理が運ばれ、あちこちで歓談が始まった。
それに紛れて、リーヴはルビーの持ち主に商談を持ちかける。
「実は、折り入ってお願いがございまして……」
その間に、マサイルには夢のような出来事が起こっていた。
アーデルが、満面の笑顔で近づいてきたのである。
「初めまして。レイングタン子爵家のご令嬢でいらっしゃいますね?」
そこで困ったことが起こった。
胃のあたりが、また、音を立てはじめたのだ。
はて、と辺りを見渡すアーデルは首を傾げる。
何とか返事をしようと思ったが、立っていることもできそうになかった。
マサイルと申します、と答えたのかどうかも覚えていない。
耳の中に残っているのは、甘く優しい囁きだけだった。
「このような席はいずれまた、設けますので。その際は、ぜひ」




