美貌の女詐欺師は恋に悩む純情な令嬢さえも毒牙にかけるが、それはトロールだから仕方がない
奇妙な帽子をめぐる、慌ただしい捜査のあった次の日のことである。
王都グランナミアの最高司祭が、その教会に警備隊長を招いていた。
だが、教会の祭壇に向かっていた最高司祭は、警備隊長がひざまずく床にまで下りてくる。
「トロールが出たと聞いたが」
「ならば今こそ、最高司祭様の出番ではございませんか」
最高司祭マギステルは厳めしい顔で叱りつける。
「私の仕事は、化け物退治ではない」
出過ぎた口を利いたヴォーダンは、恐縮する様子もない。
だが、そんなことは先刻承知という顔で、マギステルは頬を緩めた。
「むしろ、お前の仕事がしやすくなるよう、人の心を耕すことだ。トロールなどというものが見えるのは、人の心が荒れておるからだよ。」
その正体を晒すきっかけになったのは、リーヴが見つけた新たなカモだった。
ストゥタに「姿が見えなくなる帽子」を売りつけた次の日の、夕暮れ時のことである。
たっぷりクリームお舐めなさい
もうすぐ冬がやって来る
寒さで凍りつく前に
ふっくらまあるくおなりなさい
その歌をレイングタン子爵家の令嬢マサイルが聞いたのは、王都警備隊本部の前だった。
歌声のあまりの美しさに、誰かと辺りを見渡す。
細い腰にサッシュを巻き、片手に籠を下げた物売り娘が、眩しい金色の髪を揺らめかせて現れた。
「クリームはいかが?」
手のひらに乗るくらいの壺を差し出す。
蓋を開けてみたマサイルの鼻を、甘い匂いがくすぐる。
ぶるぶると顔を横に振って断った。
「とんでもない、ただでさえ……」
「いいえ、お美しゅうございます」
真顔で褒められて有頂天になったマサイルは、つい、こんなことを口走っていた。
「よろしければ、屋敷までご一緒に……お代は、そちらで」
子爵家の門番に「物売り娘のミョルクニン」と名乗ったリーヴは、まんまと屋敷に上がり込むことができた。
使用人に案内された小部屋で、マサイルは開口一番、こう尋ねた。
「どうしたら、そのお身体を保てるのか……教えてくださいません?」
リーヴは、曖昧に微笑んだ。
「こんな身体のどこがいいのか、よく分かりませんが」
色は生白く、胸ばかりが大きい。
顔は貧相で、身体も貧弱だ。
だが、マサイルは恥ずかしげにうつむいた。
「痩せようとはしたんですが、何をしても食べても……」
トロールの世界では美しいほうだった。
リーヴにしても、武術で鍛えた身体はがっしりしていたほうだ。
だが、人間の物差しでは、そうはいかないらしい。
マサイルは、べそをかきそうな顔を手で覆った。
「こんな姿では、あの方に嫌われてしまいます」
どっちみち、この娘は最初から眼中になかったのでは、とリーヴは思ったが、それは口にしなかった。
身分の貴賤を問わず、王都の若者たちを集めた乱痴気騒ぎがあったらしい。
そこでぶちのめされたのがストゥタであることは、たった一日で広まった街の噂で察しがついていた。
ただし、警備隊が初動捜査で、その若者たちをしらみつぶしに探しているのを知ったときは、さすがのリーヴも警戒した。
そこで情報提供を求めた先が、盗賊ギルドだった。
儲けの1割を納めれば、求めには応じてくれる。納めなければ、暗殺者を放ってくるという連中だ。
「空き家の乱痴気騒ぎから逃げ出した太めのご令嬢がいてな……その証言のおかげで、居合わせた若者たちを王都警備隊が探し出すことができたんだと」
太め、という言葉にピンときた。
……カモだ。
それならば、呼ばれた者が間違いないかどうか、面通しがあるはずだ。
王都警備隊の前でうろうろするのは危険だったが、待ち伏せていた甲斐はあった。
さらに、マサイルは手で顔を覆って泣き出した。
「それに私、とんでもないことをいたしました。罪もないアーデル様……クロンヒット侯爵家のご嫡男の名前を出してしまったのです」
学問に優れた、美貌の若者だという噂くらいは聞いたことがある。
おおかた、あこがれの相手の顔を見たさに名前を出してしまったといったところだろう。
震える声が懺悔する。
「近いうちに、そのアーデル様の誕生日パーティーがあります。私も出席はできますが、こんな太った身体では……」
「では、食べなければよろしいのでは?」
リーヴが口にした当然の疑問は、マサイルの号泣でかき消された。
「食べることは、私の楽しみなんです。食べたいのを我慢して笑ってるなんて、耐えられません」
取り付く島もないとはこのことだったが、このときを除いて他にはない。
「では……クリームの代わりに、これはいかがでしょう?」
そこで、マサイルに差し出したものがあった。




