学者が怪物に出くわして逃げだしてからというもの、王都警備隊長と隊員と美しい客人は議論を戦わせます
ストゥタが押しかけてきた夜から2日後のことである。
市場の露店でヴォーダンと昼食を取りながら、イリミエは調査の結果を報告した。
「警備隊本部への訴えですからね……総出で裏を取りましたよ」
しつけのなっていない従者に、宿屋の駆け落ち者。
乱痴気騒ぎをしていた若者たちも、しらみつぶしに探しだした。
そのいずれにしても、証言は、どれも同じだった。
ヴォーダンが首を傾げる。
「犬や猫、子どもしか見ていない……?」
そこでイリミエは、報告を付け加える。
「ああ、帽子は証言どおり、古ぼけたのが都の端の空き家で発見されました」
ヴォーダンは憐みをこめて、ため息をついた。
「で、トロールは……」
ヴォーダンが本題に入ると、そこで話に割り込んできた者がある。
「存じ上げておりますわ、そのお話」
金色の髪を煌めかせた、あのリーヴだった。
その前日の夜だった。
新たなカモから大金をせしめて夜の街路を歩くリーヴは、後ろから呼び止められた。
「見つけたぞ! カペリエラ!」
手にしているらしいカンテラの光が映し出した影で、ストゥタだということは振り向かなくても分かった。
「よくも恥をかかせてくれたな! いや……何よりも」
小柄な身体が、信じられないほど速い足取りで迫る。
「金を返せ! 死ぬまで読めるだけの本が買えるだけの金を!」
掴まれた方の皮が、ずるりと剥ける。
ストゥタが唖然としているのは、その呼吸で分かった。
その手から、引きはがされた魔法の衣を奪い取る。
ようやく向き直ったリーヴの、緑青色の肌と白い牙がカンテラの光の中にさらけ出される。
「トロール……」
ストゥタは、喉の奥から絞り出した声だけを残して、暗い街路を逃げ帰っていった。
自分のことだなどとは、もちろん、口にしない。
あくまでも、街中でトロールに遭遇したものがいる、という噂にとどめておく。
ヴォーダンは憐れみを込めて、深いため息をついた。
「学問も、やりすぎると考えものだな」
法律家を母に持つリーヴにしてみれば、無学者の負け惜しみに過ぎない。
黙っていてもよかったのだが、ちょっとまぜっかえしてみたくなった。
こんなことで詐欺の足がつくとは思えなかったし、むしろ、何も言わないほうが疑われるということもある。
「本当です。どれだけ人間の器を大きくしても、間に合いませんもの」
お前の人間が小さいんだ、とからかったわけだが、そこでイリミエが口を挟んだ。
「学ぶとは正義を胸に刻むことだと、子どもの頃に習いました」
青臭い正論だった。
これも引っくり返せないことはなかったが、そこで割り込んだのがヴォーダンだった。
鼻息ひとつで自嘲する。
「考えたこともない、正義なんぞ」
トロールの世界にも、ありはしない。
だが、王都の治安を守る者にしては、あまりに不謹慎な発言である。
それだけに、意外だった。
……どういう男なの? こいつは。
悪人でも殺させはしないと言いながら、正義など知らないという。
何を考えているのか分からないだけに、知りたいという気持ちがむくむく湧き上がってくる。
そこで初めて、リーヴはヴォーダンに同調することができた。
「正義は、怒りの炎にくべる薪にすぎませんから」




