カモとなった貴族の若様に責任転嫁されたトロール姫は、現場検証にも堂々と姿を現す
さあ、そこで夢のような生活が始まりました。
毎日、呼び出しては消せる身代わりに、勉強や武術の鍛錬を任せて遊び暮らしたのです。
ところが、ある日、困ったことが起こりました。
父が、私に近隣の貴族や富豪を招いた宴会の主催を任せたのです。
もちろん、そんなときこそ身代わりの出番です。
父の相手を任せたところ、大口を叩いたようです。
「今はまだ若輩ですが、父の教えに従い、勉学と武術に励んでおります。我が一族のために、私はこの身を投げ出します」
その言葉どおり、招待客の名簿作りから料理の手配まで、何もかもきれいに片づけてしまいました。
残るは当日の挨拶ですが、言葉一つに一族の面子が懸かるたいへんなものです。
それも身代わりに任せてしまいました。
宴会の日、何が起こったかはご存じのとおりです。
身代わりの見事な挨拶に拍手喝采を贈った客の中に、王都グランナミア屈指の富豪、アヘヌスの娘がおりました。
歓談の最中に、ご立派でしたと声をかけられたところで、身代わりは娘の手を取ると、とんでもない宣言をしてしまったのです。
「私は今、ここで彼女に結婚を申し込みます!」
確かに、アヘヌスと縁続きになれば、一族の懐は潤いましょうが……。
娘も娘です。
「喜んで……」
貴族との縁談にのぼせて、その場で結婚を承諾してしまいました。
満場の拍手の中、身代わりと娘は別室へ姿を消しましたが、慌てたのは当の富豪アヘヌスです。
別の貴族との縁談をこっそり進めていたのですから。
知らせを受けた貴族の青年が宴会の場に怒鳴りこんでくるのに、それほど時間はかかりませんでした。
「満座の中で、よくも恥をかかせてくれたな! 抜け! この場での決闘を申し込む!」
宴会の場だけを楽しもうと戻ってきた私は、何が何やら分かりません。
そこで運が悪かったのは、姿を消した私の身代わりを探しにやってきた、アヘヌスの娘に現場を見られてしまったことです。
勝手に縁談を進められていたのを知って、私をけしかけました。
「お父様! 私に恥をかかせないでくださいませ! ライスク様、もちろん、勝ってくださいますよね」
こうして、父をはじめとした一族と、近隣の貴族や富豪を前に、屋敷の庭は決闘場となりました。
結果は、推して知るべし。
私の喉元に剣を突きつけた決闘相手は、拍子抜けしたように告げました。
「これしきの腕しかない者の命を取れば、かえって家名を汚そう。今日のことはなかったことにしてやる」
アヘヌスの娘は、掌を返したように、冷ややかな一言を浴びせて帰っていきました。
「口ほどにもない方ね。よかったわ、私も恥をかかずに済んで」
そこで父から謹慎を命じられましたので、この呼び出しで、ようやく家から出られた次第です。
返す返すも忌々しいのは、あのスピーゲレイとかいう女です。
懲らしめてもらわなくては、腹の虫が収まりません。
「……反省がないな、あの若様は」
貴族隊員のイリミエから報告を受けて、捜査に動き出した警備隊長ヴォーダンは改めてつぶやいた。
王都グランナミアの中に何百軒あるか分からない、空き家の一つだった。
全く、と答えたイリミエは、面倒臭そうに吐き捨てた。
「これだ、という場所がない限り、謹慎中の若様を引っ張り出すわけにもいきませんからね」
「証拠に持ってきた手鏡にしたって、古いだけで何の変哲もない代物だったろうが」
ヴォーダンは、いかにも疲れたという口調でため息をつく。
「犯人は二度、現場に舞い戻るというが、詐欺師にそれはあり得んだろう」
「金持って、さっさと逃げるでしょうね」
そう言い捨てると、イリミエは隊長より先に帰ろうとする。
だが、その足は、はたと止まった。
空き家の入り口で、そのやり取りをずっと聞いていた裕福そうな女は、悪戯っぽく尋ねる。
「私を、お探しかしら?」
さっぱりした外出着のスカートを翻して歩み寄ると、ヴォーダンは、その女に見とれたかのように、ただ唖然としていた。
「あなたを?」
ようやくのことで返した一言に堂々と答えた、その女はリーヴだった。
「この王都には何千という人がいるでしょう。その中から、どうやって美貌の詐欺師を探し出すおつもり?」
そこへ、イリミエが割り込んだ。
「あなたは? ここで何を?」
リーヴは嘘に本当のことを交えて、しゃあしゃあと答えた。
「田舎で小金を儲けまして、王都で一旗揚げようと思い立ちました。商いにちょうどいい店を探しております」
ヴォーダンは、忌々しげに自嘲した。
「盗賊ギルドを摘発できればいいんだが、証拠がない。地道に聞き込みをするしかない」
リーヴは、さらにからかってみた。
「もし、捕まらなかったら?」
「一匹狼なら、盗賊ギルドが始末するだろう。その前に捕らえなければ」
その真剣さに、リーヴは小首を傾げてみせる。
どうしても、腑に落ちないことがあった。
「悪人なら、殺されても構わないでしょう?」
「たとえ悪人でも、殺させはしない」
ヴォーダンの鋭い目が、まっすぐに睨み返してくる。
それは、怒りに燃えるトロールにも似ていた。
思わず顔をほころばせたのを隠そうとして、リーヴが口にしたのは皮肉だった。
「一番の鏡は、自分のしたことです」




