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トロール界での不美人は人間界で美女だということが分かったので、まずは自惚れの強い貴族のお坊ちゃんをカモにする

 馬車を走らせると、街までは早かった。

 木造の家屋が所狭しと立ち並ぶ石畳の道を、小柄な人間の男女が行き交っている。

 ただし、裕福そうな、あるいは身分の高そうな者は、男も女も、御者が操る馬車に乗っていた。

 それだけに、照りつける夏の太陽の光を浴びたリーヴの姿は目立った。

 街の男たちが囁きかわす。

「あれ……どこかのご令嬢?」

「バカ、貴族のお姫様が幌馬車なんかを牽いてるもんか」

 ちらと胸元を眺めると、少し肌が見えている。

 来ているものの色合いも生地も、上等そうだった。

 魔法の衣が、貴族の外出着に変わったのだろう。

「女優かな?」

「おい、下手に声かけるな……絶対パトロンいるぞ。後で怖いお兄さんが出てきたらどうする」

 好奇と憧憬と畏怖とが入り混じった視線を浴びて、リーヴは背筋がぞくぞくするのを感じた。

「何でかよく分かんないけど……稼げそう!」

 思い切って、声をかけられそうな男を物色する。

「……いた!」

 身なりのいい若者が、笑みを浮かべてリーヴを見上げている。

「どこかお探しですか? お嬢さん」

 気取った声で、金と顔、少なくともどちらかに自信のある男だということが分かる。

 トロールから見れば貧相だが、金はありそうだった。

「ええ、この馬車を売ろうと思いまして」

「では、メンシュリヒ王国が公認する商工ギルドをご紹介しましょう」

 馬車の御者台に上がりこんだ若者は、手綱を預かることもなく、リーヴの操る幌馬車を案内した。

 そのくせ、自己紹介は忘れない。

「はじめまして。私、シュトレング男爵家の長男、ライスクと申します」


 商工ギルドの、年季の入った黒光りするカウンターで、リーヴは金貨の袋を受け取る。

 そこそこの値段で幌馬車を売り払うまでの一部始終を、ライスクは目を丸くして見つめていた。

「驚きました……何処かの、名のある商人のご令嬢とお見受けしますが」

「いえ、名乗るほどの者ではございませんわ」

  そこでライスクに見せたのは、一枚の紙だった。

「これは、何ですか?」

「売買契約書ですね」

 それは、リーヴにも分かる。

 魔法の衣のおかげか、人間界の文字まで読めるのだ。

 そうではなくて、と紙を裏返す。

「なんだか、すぐに破れてしまいそうで」

 ライスクは怪訝そうな顔をする。

「失礼ですが、お国ではどのような紙を?」

「……山羊のなめし革とか」

 ライスクは大笑いする。

「ご冗談を……古い布なんかをすりつぶして叩いて、まあ、こんな形にするわけですよ」

 それで済んでいるうちが華だった。

 怪しまれないうちに立ち去るのが得策だろう。 

ご案内ありがとうございました、と商工ギルドを出たところで、荒々しい罵声が聞こえてきた。

「出ていけ! お前らのギルドに行け、どこにあるかは知らんがな」

 槍を手にした守衛に門前払いを食らっているのは、剣を提げたフード付きマントを羽織った男女だった。

 人間界に来たときの姿に似ているのが気になって、リーヴはライスクに聞いてみた。

「あれは?」

 いかにも見下したような口調で、答えが返ってきた。

「ああ、冒険者どもですよ」

「冒険者?」

 トロール界の言葉を、ここでも聞くとは思わなかった。 

 ライスクは、嘲笑と共に説明する。

「働きもしないで、古い遺跡だの、洞窟だのを漁って金目のものを探すならず者の集まりです」

 その洞窟を通ってきたリーヴは、苦笑するしかない。

 さらに、呆れたようにライスクは付け加えた。

「そのうえ、怪物を倒してきたなどとホラを吹く始末……そんなもの、いるはずもありませんがね」

 リーヴも、その怪物扱いをされてきたばかりだ。

 ボロが出ないように黙っていると、ライスクは調子に乗って話し続ける。

「王都グランナミアは、初めて?」

「ええ、今日来たばかりなんです」

 とりあえず、本当のことを答えておく。

 この男の値踏みは、もうできていた。

 そんなリーヴの腹の内など、ライスクは気付く由もない。

「いかがでしょう、ご案内しますが」

「いえ、結構です」

 しかし、不案内なのは本当である。

 それに、どうやらリーヴ自身は、人間界では美しく見えるらしい。

 つまり、「道に迷って困っている美女」であった。

 こんな女に軽々しく声をかけてくる男を、トロール界ではこう呼ぶ。


  カモ。


 トロールにとって、人間は弱く愚かで、利用される側の生き物にすぎなかった。 

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