人が多くてより稼げそうなところを求め歩くトロール姫は人間からの夜這いと誘拐を撃退します。
真っ暗闇の中でも、トロールの目は見えないこともない。
だが、リーヴは、人間の身体では疲れることがあるかもしれないと用心した。
作物のよく育った畑の中に人家がいくつか見えてきたところで、一夜の宿を借りることにした。
戸口から顔を出した男は、リーヴの顔を見るなり鼻の下を伸ばして、思いのほかすんなりと納屋に泊めてくれた。
リーヴは呆れてため息をつく。
「そりゃあ、醜い人間同士だけど……」
不用心が過ぎると思いながら、魔法の衣を脱ごうとしたところで、納屋の戸を叩く音がした。
「開けちゃくんねえか」
さっきの男の声だった。
「何か……?」
精一杯、甘く優しく取り繕った声が、戸の向こうから囁いた。
「俺、あんたを一目で……」
さすがのリーヴも、背中に悪寒が走った。
「私なんか、とても」
衣を急いで羽織ろうとしたが、男が戸を開ける方が早かった。
「明るいところで素顔を見せてくれ」
「こんな顔ですけど?」
魔法の衣を脱ぐと、男は悲鳴を上げて逃げ出した。
「トロールだああああ!」
再び衣を羽織ると、リーヴの姿は盗人のような黒装束に変わる。
辺りからは、家々から出てきた人々が騒ぐ声が聞こえてきた。
開け放しの戸口から駆け出すと、鍬や鍬と思しき農具が触れ合う、固い音が聞こえてきた。
夜が明けたところで、リーヴは魔法の衣が、スカートの長い茶色の上着に変わっているのに気付いた。
どう見ても、畑仕事から帰ってきた農民の娘だ。
街と思しきものはまだ見えてこないが、トロールとして手足の頑丈さは、昨日の荒事で確かめられていた。
このまま歩き続けても差支えはなかったのだが、好都合なことには、道行く男が再び声をかけてきた。
「姐ちゃん、乗ってかねえか」
男が乗っているのは、幌付きの車の御者台だった。
引いているのは、見たこともない、貧弱な獣である。
「これは……?」
「馬だよ。百姓の娘が、見たことねえのか」
トロールの農民たちは、こんな生き物を使わなくても、たいていのことはできる。
ましてや、リーヴは武人の娘だった。
「結構です」
知らぬ顔で先を急ごうとしたが、男はその言葉をわざと別の意味に取った。
馬の足を速めて追いすがる。
「イヤじゃねえってことだな」
馬という獣が、思いのほか足の速い生き物だったのには驚いた。
それでも、こんな男の世話になりたくはない。
「お断りします」
はっきりと断ると、男は馬に一鞭当てた。
「つれねえこと言うな」
そう言う割には、馬車はリーヴを追い越していく。
何のつもりかは、すぐに分かった。
幌の後ろから伸びてきた手を、リーヴは腕から掴む。
道行く女を力ずくで引きずり込もうとしていた男を、力任せに引きずり出した。
地面に転がされての泣き声混じりの悲鳴が、人気のない朝の街道に響き渡る。
「何だ、このバカ力の女は!」
騒ぎに驚いた馬が、甲高い声でいなないたかと思うと、前足を上げてのけぞる。
御者台の男は、地面に投げ出された。
「痛えっ!」
それでも立ち上がろうとする男の背中を踏み台にして、リーヴは代わりに手綱を取った。
「この馬車、頂戴します」




