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人間界でのトロールはほぼ無敵なので恐れるのは自分の顔しかない

 満月が岩山の向こうへと沈んだとき、辺りがぼんやりと白みかえった。

 夜が明けたのだ。

 だが、たとえここが人間界だとしても、人がいないところでは稼ぎようがない。

 とりあえず、街はどこだろうかと考えていると、薄い霧の中から現れた者がいた。

 リーヴが口を開く前に悲鳴が上がり、その影は薄れて消えた。

 遠くから、その男と思しき者の声が聞こえる。

「トロールだあああ!」

 足元に転がっている籠を拾い上げると、中から漂う匂いで、薬草が入っているのが分かった。

 岩山に生える珍しい薬草を探して生計を立てる者はトロールにもいるので、珍しくはない。

 そこで、リーヴはようやく気付いた。

「ああ……あれが人間なのね」

 姿はよく見えなかったが、影はリーヴよりも小さい気がした。

 それでも、とりあえず取引の相手にならないほどではない。

「あ、そうか」

 ここは、間違いなく人間界なのだ。

 鞄の中から、トゥオーマリに託された衣を出して広げる。

 フード付きのコートの上から羽織ってみると、身体が小さくしぼんだ気がした。

「なるほど……人間の大きさになるわけね」

 着ているものも、ごわごわした木綿の服になっている。

 薬草の入っている籠を拾ってみると、人間の薬草取りとはこういうものかとも思えてきた。

「では、これを売りに行きましょうか」 

 岩山の中の道に沿って山を下っていくと、次第に霧が晴れてくる。

 傍らに水の流れる音がするので、眺めてみると、谷川だった。

 水を飲もうとして身を乗り出したが、今度は自分が悲鳴を上げる羽目になった。

「何、この化け物!」

 谷川の水に映っているのは、二目と見られない姿だった。

 色の薄い肌に、牙もない、のっぺりした顔。

 服の袖から覗くのは、細く痩せた腕。

 トロール界で絶世の美女と称えられたリーヴにとっては、耐え難い醜さだった。

「この衣のせい……?」

 慌てて脱ぎ捨てようとしたが、はたと手が止まった。

「このほうがいいか……」

 リッカウの居城へ向かう途中で、スヴェンの私兵から受けた辱めを思い出す。

 あのときは返り討ちにできたが、この貧弱な身体では、それが叶わないかもしれない。

 鞄を肩に、薬草の籠を背負って、再び山を下っていく。

「女の身では、道中、何があるかわからないから」


 街道に出ると、薬草は行き交う旅人たちに高く売れた。

 ありがたいことに、相手の言葉は分かるのだった。 

 差し出した薬草の相場が分からないので黙っていると、なぜか相手のほうから値を吊り上げてくる。

 これ以上は無理だろうというところで受け取るのは、常に金貨だった。

 日が暮れる頃になると、木綿の服のポケットを叩けば音がするようになっていた。

 リーヴは満足げにつぶやく。

「これが……トロールの秘めた魔法か」

 すれ違った男たちに、それが聞こえたらしい。

 わざわざ戻ってきたかと思うと、リーヴを取り囲んだ。

「何でえ、坊やかと思ったら、女じゃねえか」

 人間にしては逞しいほうだろう。

 だが、その中にもトロールの男ほどの図体をした者はいた。

「ツレはいねえのか」

 言葉が聞こえたのなら、黙っていることもなかった。

「ご覧のとおり」

 素っ気なくあしらったが、男たちに通す気はないようだった。

「心細くないか」

「全然」

 猫撫で声を突き離したところで、図体のデカいのに腕を掴まれた。

「力になるぜ」

 そう言いながらも、暗くなるのをいいことに、力ずくで思いのままにしようとしているのは察しがついた。

「本当に?」

 その腕を掴み返すと、片手で差し上げてやる。

 思わぬことに怯えた大男は、暴れに暴れた。

 もっとも、人間の姿になったリーヴの身体は小さいので、かえって揺れる。

「下ろしてくれ!」

 悲鳴を上げる大男を後ろ手に放り投げてやると、連れと一緒に這う這うの体で逃げ帰った。

「口ほどにもない」

 リーヴは鼻で笑うと、薄闇の中を歩きだした。

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