故郷を去るトロールの姫君は王太子から贈られた思い出の品に涙を流す
屋敷を売り払うにあたって、何を持ち出すかでごたごた悩むのはいやだった。
内装や備品ごと売り払うことに決めたリーヴは、その場でスヴェンと契約書を作成した。
前リッカウ辺境伯コーフタロの娘リーヴは、父の屋敷および付属物の権利を全て、現辺境伯スヴェンに譲渡する。
ただし、雇員との契約は、個別に確認するものとする。
署名を済ませた契約書を手に、リーヴは振り向きもしないで城を後にした。
屋敷に取って返すと、女中頭を呼んで事情を話す。
「新たな主人には気持ちよく仕えるよう、皆に申し伝えなさい」
ものも言わずに深々と一礼するのを受けて、リーヴは自室へと向かった。
子どものころから暮らした部屋の、ベッドや壁の絵、机には目もくれない。
革の小さな肩掛けカバンに、王太子レイフからの贈り物を、思い出と共に詰め込む。
分身を作る鏡。
王太子妃になる前から、公務について歩くのが忙しいとぼやいときのものだ。
確かに、鏡からは自分そっくりの分身が現れたが、気味が悪くなったので使うのをやめた。
ささやかな願いを叶える財布。
金銭はいらないが、金で買えないものが欲しいと言ったときのものだ。
トロール界に迷い込んだ人間からの戦利品に、何代か前の王が魔法をかけたものだという。
全ての願いはレイフが叶えてくれたので、使うことはなかった。
縁結びの眼鏡。
本当にレイフと結ばれるのかと不安だったときにくれたものだ。
試しにイーニャを見てみたが、そのときは確かに縁がなかった。
姿が見えなくなる帽子。
これは便利だった。
王宮でつまらない悪戯をして、後でレイフと大笑いしたものだ。
食べても太らない身体になる薬。
この薬壺をもらったときは、バカにしているのかと食ってかかった。
トロールの女は産後もでっぷり肥えると、耳元で囁かれて顔を火照らせたことを覚えている。
人間世界の知識を網羅した本。
子どもの頃、家庭教師を務めたのが、引退した最高判官だった。
引退の原因は、人間界への出現という、トロールにとって最大の禁を破ったからだという。
なぜ、失脚してまでわざわざ出現したのか、リーヴはずっと知りたくて仕方がなかった。
それをレイフに話したら、王の目を盗んで、レイフが書庫から持ち出してきたのだった。
ひとつひとつの品に込められた思い出に微笑んだとき、何かが頬を滑った。
「あれ……?」
ずっとこらえていた涙が、すっとこぼれたのだと分かった。
このままではいけない。
足早に部屋を出て、屋敷から駆け出した。
女中頭への言いつけが伝わっているのか、見送る者は誰もいなかった。
それでもよかった。
主が代われば、気にも留めない。
それが、トロールの常識だった。




