【73話】優先順位
工場の建設案は、図面の段階で止めた。
理由は単純だ。
「……指揮する人がいない」
俺の言葉に、机を囲んでいた面々が頷く。
ドランは今も別拠点で手一杯。
設備だけ作っても、回らない工場はただの箱だ。
「缶詰工場は後回しだ。人が揃ってから、確実に動く形で作る」
無理に進めない。
最近、ようやくそれが出来るようになってきた気がする。
ギルドについては、話が早かった。
ヴァルドが連れてきたのは、元冒険者で、今は裏方に回っていた男。
レオン・グレイス。
落ち着いた物腰で、書類仕事にも慣れているらしい。
「この街なら、需要はあります」
「冒険者の流入も見込める」
今はまだ仮設だが、
ギルド設立に向けた準備は着々と進んでいた。
「助かる」
「いえ。こういう仕事は嫌いじゃないので」
頼れる人材がいるだけで、
街の輪郭が一気にはっきりする。
物件の一覧を見て、俺は小さく息を吐いた。
「……余ってるな」
不動産屋から巻き上げ――いや、譲ってもらった建物は想像以上に多い。
住居、倉庫、店舗向きの建物まで一通り揃っている。
「だったらさ」
ルシアが机に肘をつく。
「食堂だけじゃなくて、飲み屋も作りな」
「飲み屋?」
「情報は酒の席で回るもんだろ」
……否定できない。
冒険者、商人、職人。
一日の終わりに集まる場所があれば、街は勝手に賑わう。
「食堂は昼と夜」
「飲み屋は夜専門」
役割を分ければ、客層も自然に分かれる。
「いいな、それ」
俺は地図の上に二つ、印を付けた。
ギルド予定地の近くに食堂。
少し裏通りに飲み屋。
うるさすぎず、でも人は集まる距離感。
人手については、すでに手は打ってある。
「各地のギルドに求人は出してある」
「料理人、給仕、店長候補」
待遇は悪くない。
住居付き、街の中心メンバー扱い。
応募が来ない理由はない――はずだ。
「まぁ、気長に待つしかないな」
そう言った直後だった。
コン、コン。
事務所代わりに使っている建物の扉が叩かれる。
「……早くないか?」
俺が立ち上がるより先に、扉が開いた。
立っていたのは、二人。
一人は背の高い男。
旅慣れた装備に、鍛えられた体つき。
だが目つきは柔らかく、どこか“厨房の匂い”がする。
もう一人は、フードを被った小柄な人物。
エプロンを抱えていて、視線が少し落ち着かない。
「求人を見て来た」
低い声で、男が言った。
「食堂と……飲み屋の件で」
……思ったより、街が動き出すのは早いらしい。
俺は内心で、少しだけ笑った。
「ようこそ」
「歓迎する」
この街の最初の“担い手”が、今――目の前に立っていた。




