【69話】規格外の魔法使い
工場の一角に、新しく設えた簡易設備の前で、俺たちは並んで立っていた。
缶詰を並べて入れるための金属槽。
本来なら、ここで一つ一つ冷却魔法をかける――はずだった。
「じゃ、やるぞ」
ルシアが軽く手を上げる。
詠唱はない。
気負いもない。
ただ、魔力が――空気に染み込む。
次の瞬間。
金属槽の内部が、静かに白く染まった。
霜。
だが、ただの霜じゃない。
触れなくても分かるほど、均一で、無駄のない冷気が、設備全体を満たしている。
「……」
誰も、すぐには声を出せなかった。
試しに、熱々の缶詰を一つ入れる。
数秒。
「……もう冷えてるな」
ドランが確認する。
俺も手に取ってみた。
外側はすでに、ひんやりと安定している。
「これ、持続時間どれくらいだ?」
そう聞いた俺に、ルシアは首をかしげた。
「んー……」
少し考える素振り。
「一か月くらい?」
「……は?」
「いや、魔力供給しなくても、このくらいなら一か月は持つだろ」
リュカが、ゆっくりとこちらを向く。
「……一日じゃなくて?」
「一か月」
即答だった。
工場の空気が、静まり返る。
「……その間、ずっとこの冷却効果が続く?」
ドランが念を押す。
「うん。外部干渉がなけりゃな」
俺は思わず額を押さえた。
(一か月持続する氷魔法って何だよ……)
「魔力、消費しないのか?」
「最初にちょっと使うだけだな。あとは環境に定着させてる」
結果として、
設備に缶詰を入れるだけで、即座に急速冷却が完了する。
作業効率は跳ね上がり、
人手も、魔力も、ほとんど必要なくなった。
リュカは設備を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……これ、工場一つ分の価値ありますよ」
「だな」
ドランも深く頷く。
ルシアはというと、もう次の作業区画を見回していた。
「次、乾燥工程もまとめるか?」
「……待て」
俺は即止めた。
「それ以上やると、この工場、別物になる」
「悪いことか?便利じゃん」
「俺の心臓に悪い」
ルシアは声を出して笑った。
「大丈夫だって。慣れる」
(慣れたくねぇ……)
そう思いながらも、俺は冷却設備をもう一度見た。
――これで、缶詰は“商品”になった。
間違いなく。




