【68話】缶詰、改良。新たな訪問者。
翌日。
工場の作業台の上には、昨日仕込んだ試作缶が整然と並んでいた。
見た目に異常はない。膨らみも、歪みもない。
「……とりあえず爆発はしてないな」
俺のその一言に、全員が小さく安堵する。
「でも、まだ安心できない」
リュカは一つ手に取り、缶の表面を指で軽く叩いた。
「中の熱が抜けるまで時間がかかりすぎる。このままだと、夏場は特に危ないと思う」
「確かに。昨日は自然放熱に任せてたが……」
ドランは腕を組み、缶詰と睨み合うように考え込む。
「熱いまま密閉するのはいい。だが、その後が遅い」
その時だった。
「……水魔法でも冷やせるけど」
そう前置きしてから、リュカは首をかしげる。
「もっと早く、確実に冷却できた方がいいよね」
「水だと温度が上がった瞬間に意味がなくなる。だったら――」
「氷魔法」
俺とリュカの視線が合い、同時に納得する。
「表面を一気に凍結させれば、内部の熱も短時間で奪える」
「急冷には最適だ」
ドランも異論はないようだった。
すぐに再試作が始まる。煮込みを熱々のまま缶に詰め、密閉。
「いきます」
リュカが魔力を集中させる。
「――氷よ、留まり、閉じよ」
発動した氷魔法が、缶の外側を覆う。薄い霜が走り、次の瞬間には氷膜が形成された。
ぱき、と小さな音。
缶の温度が一気に奪われ、
内部の圧が安定していくのが魔力感知でも分かる。
「……速いな」
ドランが感心したように呟く。
「これなら雑菌が増える暇もない」
「しかも、水気が残らない」
俺は氷が自然に砕けて落ちるのを見ながら、深く頷いた。
「工程として組み込める。魔法が“技術”になったな」
リュカは少し誇らしげに微笑んだ。
氷が溶けきった缶を手に取り、俺は宣言する。
「よし。次は試食だ」
氷が完全に溶け、缶の表面が常温に戻ったのを確認してから、慎重に蓋を開けた。
ぷしゅ、と小さな音。
次の瞬間、食欲を直撃する匂いが立ち上る。
「……これは」
思わず声が漏れた。
肉は崩れすぎず、しかし箸を入れればほろりと解ける。
煮汁は濃すぎず、薄すぎず、香辛料の輪郭がはっきりしている。
まずは俺が一口。
――うまい。
想像していた「保存食」のラインを、明らかに超えていた。
「……正直に言うぞ」
次に口にしたドランが、少し目を細める。
「これ、普通に店で出せる味だ」
「ですよね?」
リュカも自分の分を口に運び、驚いたように目を見開いた。
「保存食特有の臭みもないし、冷めても味が落ちない……むしろ落ち着く感じです」
「……成功だな」
その空気を、ドランが少し引き締める。
「ただし、問題もある」
「……氷魔法か」
俺の言葉に、ドランはうなずいた。
「工場内で安定して氷魔法を使えるのは、今のところ俺だけだ」
リュカが少し眉をひそめる。
「他にもいなかったっけ?」
「いるにはいる」
ドランは言葉を選ぶように続けた。
「だが魔力が少ない。一日に何度も使えるほどの余裕はないし、一日中冷却工程を任せるのは無理だ」
「つまり……量産がネックになる」
ドランがそうまとめた、その時だった。
工場の扉が、静かに開いた。
工場の空気が、わずかに張り詰めた。
扉の前に立つ女性は、見た目だけなら――間違いなくセラだった。
だが、漂う雰囲気はまるで違う。
姿勢は崩し気味。
口元には自信ありげな笑み。
そして、魔力の“圧”がはっきりと伝わってくる。
「名乗りが遅れたな」
彼女は親指で自分を指す。
「ルシアだ。魔法使いだ。よろしく」
トウマの頭の中で、前世のノートが蘇る。
(……書いた。確実に書いた)
「工場で氷魔法が必要って話、聞いたぜ。一日中でも使える。魔力切れ?心配すんな」
ドランが一歩前に出る。
「……失礼だが、どの程度の魔力量だ?」
「測ったことねぇな」
ルシアは笑いながら言う。
「王国の魔力測定器、三回壊したことはある」
「……十分だ」
即答だった。
「魔法は何でも行ける。制御も任せろ。工場に常駐してもいい」
俺は額を押さえる。
(まただ……また前世の設定が、この世界に引きずり出されてる)
だが、目の前の“姉御魔法使い”は、確かに必要な人材だった。
「……よろしく頼む」
そう言うと、ルシアはニッと笑った。
「任せとけ。妹の世話になってる礼も兼ねてな」
「……別に、世話は」
「はいはい」
俺の言葉を軽く流しながら、ルシアは工場を見渡した。
「いい場所じゃねぇか。気に入ったぜ」
俺は内心でため息をつく。
(……これでまた一人、ノートの住人が増えたな)




