【63話】スマホと呼ぶことにした
魂響伝導霊板。
その名前を口にするたび、前世の俺の黒歴史が脳内で蘇る。
「……なあ、その呼び方やめないか」
店の奥で、俺は真剣な顔で言った。
「魂響伝導霊板、でございますか?」
セラが首をかしげる。
その丁寧な物腰が、なおさらダメージを増幅させる。
「そう。それ」
「確かに長くて呼びにくいですね」
そこじゃない。
「いいか。今日からこれ、スマホな」
「……すまほ、ですか?」
「そう。魂も霊も響かせない。ただの連絡用の板だ」
セラが一瞬ためらったあと、にこりと微笑んだ。
「かしこまりました。」
「トウマ様、スマホが鳴っております」
よし。
これで俺の精神は守られた。
スマホの画面には、アルテラの店を預かるリュカからの連絡が表示されている。
《入浴剤がよく出ている。次の入荷、調整できる?》
俺はすぐに返信する。
《できる。ドランに回す》
数秒後、スマホが鳴った。
工場で作業していたドランは、作業台の上に置いたスマホを見下ろす。
「入浴剤か……」
短い文面を一読し、即座に判断を下す。
「材料配分を変える。今日中に三十だ」
迷いはない。
以前なら、人を走らせ、返事を待ち、数日かかっていたやり取りだ。
「……便利だな、これは」
独りごち、再び手を動かす。
街道では、配達を任されているアレシアが元気よく走っていた。
「よーし、次はグレイフォルドー!」
――その直後。
ガシャリ、と嫌な音。
「あ」
力加減を誤り、木箱の一つが砕け散った。
「……やっちゃった」
中身を確認し、アレシアはスマホを取り出す。
「トウマ! 一箱壊した!」
《中身は?》
「入浴剤!」
《なら問題ない。その場で試供品として配れ》
「わかった!さすがトウマ!」
通信が切れる。
アレシアは散らばった入浴剤を拾い集め、近くの人々に声をかけ始めた。
「これね、すっごくいいんだよ!うちのお店の新商品!」
夜。
店の関係者とスマホで、簡単な打ち合わせをしていた。
「本日の売上は順調です」
「工場の回転も安定している」
「こちらも問題ありません!」
皆が報告する。
その流れの中で、セラが少しだけ表情を引き締めた。
「……トウマ様」
「どうした?」
「その、スマホの件なのですが」
場の空気が、わずかに変わる。
「非常に便利でございます。ですが――便利すぎるがゆえに、目立つのではないかと」
リュカがすぐに理解したように頷く。
「確かに。連絡の速さが異常」
「目を付けられる可能性がありますね」
ドランも腕を組む。
「奪われるか、見た目だけ模倣した粗悪品が市場に放流されるか……どちらにせよ面倒だ」
俺はしばらく考え、頷いた。
「……そうだな。スマホの存在は、店の関係者だけの秘密にしよう」
全員が同意する。
「人のいるところでは使わない」
「見せない」
「話さない」
そのはずだった。
――そのとき。
スマホが鳴った。
差出人は、アレシア。
《トウマ! 今ね!》
《みんなにこれ見せたら、すっごく驚かれた!》
《遠くの人とすぐ話せる魔道具なんだよー!って!》
「…………」
皆が静まり返る。
セラが、ゆっくりと視線を逸らした。
「……もう、遅かったようでございますね」
リュカは額を押さえ、ため息をつく。
「元気でいい子なんだがな……」
ドランがぽつりと言った。
俺は天井を仰いだ。
便利すぎる道具は、
だいたい使う側の想定を超えて暴走する。
闇に満ちたスマホの画面が、今日も静かに光っていた。




