【61話】新人店員は規格外
決闘が終わって、空気が変わったのがはっきり分かった。
誰も声を荒げない。
誰も俺たちを睨まない。
「……やるなら、今だな」
ドランが低く言う。
俺は頷いた。
「水場から手を入れる。排水を先だ」
「了解」
そこからは、驚くほど早かった。
竜人たちの力は、本当に桁が違う。
弱っているとは思えないほど、重い石を軽々と運び、地面を掘り、流れを整える。
俺たちは設計と指示を出すだけ。
実際に動くのは、村の連中だ。
「……これ、半日もかからないね」
リュカが驚きながら言う。
「人手っていうか、竜手だな」
俺が返すと、セラが小さく笑った。
石鹸の使い方、洗い場の分け方、排水溝の手入れ。
ドランが一つ一つ、丁寧に教えていく。
「壊れたら直す前に、原因を見る」
「水は流し続けることが重要だ」
「詰まらせるな。放置するな」
竜人たちは真剣だった。
誇りを捨てたわけじゃない。
誇りを守るために、学んでいる。
日が傾く頃には、村の空気が目に見えて変わっていた。
「……戻るか」
俺が言うと、皆が頷く。
その時。
「待て」
背後から、村長の声がした。
振り返ると、彼は深く頭を下げた。
「……感謝する」
短く、だが重い言葉だった。
「何かあれば……我らは力を貸そう」
俺は一瞬迷ってから、答える。
「その時は、頼る」
「遠慮なくな」
村長は、僅かに笑った。
もうすっかり日が落ちていた。
「この時間でグレイフォルドはきつい」
リュカが空を見上げる。
「今日は王国の拠点に戻る」
俺はそう決めた。
皆の方を振り返る。
――そこで気づいた。
「……アレシア?」
彼女が、当然のように輪の中に立っていた。
「え?どうしました?」
きょとん、と首を傾げる。
「一緒に帰るんですよね?」
「……聞いてない」
「言ってませんでした?」
リュカが吹き出す。
セラは微笑んだままだ。
村の方を見ると、村長は何も言わず、目を逸らしていた。
「……まぁいい」
俺はため息をつく。
「話は、向こうで聞く」
こうして俺たちは、
竜人の少女を一人連れて、
ルミナス王国の拠点へと戻ることになった。
――嫌な予感しかしなかったが。
拠点に戻ったのは、完全に夜だった。
「おかえりなさい」
フィオナが、すでに食事の準備を終えて待っていた。
「ちょうどよかった」
俺はアレシアの方を見る。
「紹介する。いろいろあって……ここで働くことになった」
「アレシアです!」
彼女はぺこりと頭を下げた。
食卓を囲む。
久しぶりに、全員揃っての食事だった。
「……よく食べるな」
俺が言うと、アレシアは首を傾げた。
「動いた後なので」
「いや、動いてなくてもだろ」
みんな、苦笑する。
食後、俺は本題に入った。
翌日。
アレシアを店に立たせてみた。
「いらっしゃいませ!」
声は元気。
……だが、それだけだ。
「これは――」
商品の補充をお願いしたら、棚ごと持ち上げた。
「待て待て待て!」
「すみません!」
その他、細かい計算、在庫管理、接客。
全部、壊滅的だった。
「……力仕事“以外”は向いてないな」
俺が言うと、本人も頷く。
「はい!」
清々しい。
「じゃあ役割変更だ」
俺は指を立てた。
「配達を頼む」
「配達?」
「重い荷物を、確実に、早く運ぶ」
「王国内限定。顔も売れる」
アレシアの目が輝いた。
「できます!」
フィオナが頷く。
「配達担当がいれば、私も店に集中できます」
「助かるな」
こうして。
竜人の配達係が、爆誕した。
……問題が起きないはずがないが、店を壊されるよりはましだ。




