【59話】竜は人として、助けを乞う
エリシア王国の店は、その日も静かだった。
紹介制という仕組みが功を奏し、店内にいるのは本当に必要としている客だけ。
俺はカウンター脇で、たまたま立ち寄っていたリュカと話していた。
「こっちも順調そう」
弓を背負ったまま、リュカが店内を見回す。
「フィオナがよくやってくれてる。俺がいなくても回るのはありがたいよ」
その時だった。
「……トウマさん」
フィオナが、少し困ったような声で近づいてくる。
「店の外に、ずっとこちらを見ている方がいます」
「見ている?」
気になって入口の方を見ると、確かに一人の少女が立っていた。
年は十代半ばほど。人混みの中でも妙に存在感があり、視線はまっすぐこちらに向いている。
「少し話を聞いてくる」
そう言って扉を開けた瞬間――
ぐいっ、と腕を掴まれた。
「っ!?」
少女は何も言わず、俺の腕を引いて歩き出す。
その力は見た目に反して強く、振りほどこうとすると、さらに強く引かれた。
「おい、待て――」
「トウマ!」
背後からリュカの声。すでに弓に手をかけている。
だが少女は止まらない。王国の門を抜け、人気のない場所に出たところで、ようやく足を止めた。
そして、ゆっくりと振り返る。
「……ごめんなさい。こうでもしないと、来てくれないと思って」
そう言って、少女は一歩下がった。
「私の名前は、アレシア。あなたに、お願いがあります」
次の瞬間、空気が震えた。
少女の姿が歪み、魔力が膨れ上がる。
人の形は崩れ、鱗に覆われた巨体が現れた。
「……ドラゴン?」
リュカが弓を構えるが、俺は手で制した。
「違う」
アレシアの声は、竜の姿になっても変わらない。
「私たちは、竜になれるだけ。普段は、人として暮らしています」
再び光が収まり、彼女は人の姿に戻った。
「竜人、ってやつか……」
「はい。村のみんなも、同じです」
アレシアは俯き、指を握りしめる。
「でも……村が、もう限界で」
そのまま、俺とリュカは案内される形で村へ向かった。
空を飛ぶことはせず、あくまで人として歩いて。
村は、静かだった。
建物は古く、水場は濁り、衛生状態が良いとは言えない。
「……竜の村、って聞いて想像してたのと違う」
リュカが低く呟く。
「私たちは、戦う時以外は竜になりません」
アレシアが答える。
「人の姿の時は……普通に病気にもなりますし、怪我もします」
実際、村の中には体調を崩している者が多くいた。
強い種族であるはずなのに、生活が壊れればどうにもならない。
「だから……あなたたちに、来てほしかった」
アレシアはトウマを見上げる。
「あなたの作るものなら、きっと……」
俺は、すぐに答えなかった。
「……ここで即答はできない」
そう告げる。
「俺一人の判断じゃない。仲間がいる」
「わかっています」
アレシアは、ほっとしたように微笑んだ。
「でも……見てもらえただけで、十分です」
王国へ戻る道すがら、リュカが口を開く。
「どうする?」
「一度、グレイフォルドに戻る」
俺は前を見据えたまま言った。
「ドランに相談する。量産、流通、支援……全部な」
竜であろうと、人であろうと。
暮らしがなければ、生きていけない。
それを知っているからこそ――
俺は、この話から目を逸らさなかった。




