【55話】越えてはならぬ一線
王宮を出た帰り道。
空はまだ明るく、人通りもある。
だからこそ――油断するには、ちょうどいい時間帯だった。
路地の影から三つの気配が跳ね出す。
刃。
短剣。
動きは速いが、雑だ。
(雇われだな)
「伏せて!」
リュカの声と同時に、一人目が踏み込んでくる。
だが――
速さが、足りない。
俺は一歩横にずれ、肘を叩き込む。
鈍い音。
短剣が石畳に転がる。
二人目は魔術符を取り出しかけ――
「遅い」
セラの魔法が、足元だけを凍らせた。
転倒。
起き上がる前に、拘束。
三人目は逃げようとしたがドランが無言で前に立つ。
それだけで、動きが止まった。
数十秒。
それで終わりだった。
「……拍子抜けだな」
「殺す気はありましたけど、覚悟が足りませんでしたね」
セラが淡々と言う。
俺は縛り上げた刺客たちを見下ろし、問いかける。
「誰の差し金だ」
沈黙。
だが、顔に出ている。
(王宮に物を納めてる、あの商人だな)
その足で、王宮へ引き返した。
エリシア王女は、話を聞くとすぐに表情を消した。
「……王宮からの帰路での襲撃。つまり、王権への挑戦ですわね」
声は静かだが、温度がない。
「犯人は?」
「すぐ割れると思う」
「ええ。こちらで引き取ります」
その一言で、全てが決まった。
調査は早かった。
刺客は下級のならず者。
金で雇われただけ。
だが金の流れは、はっきりと一人の商人に繋がっていた。
王都で、そこそこ名の知れた男。
香油と入浴用具を扱い、
俺たちの存在を苦々しく思っていた人物。
「市場の競争のつもりだったのでしょう」
エリシアは、報告書を閉じる。
「ですが――王女に招かれた客を襲わせた」
それは、越えてはいけない線だった。
裁きは公開で行われた。
言い訳は、誰の耳にも届かなかった。
「王権を脅かし、王宮の威信を汚した罪により――」
宣告は短く、結末もまた、短い。
処刑。
後日。
エリシアは俺たちに言った。
「もう、遠慮は不要ですわ」
「……いいのか?」
「ええ。あなた方は、王宮の“保護下”です」
つまり。
敵に回れば、こうなる。
俺は心の中で息を吐いた。
(やりすぎた、か?)
いや――
(違うな)
これは、
この世界で商売をするということだ。
優れた品を作るだけじゃ足りない。
守る力と、背後の重さも必要になる。
俺は、歩きながら拳を握る。
(なら、もっと強くなるしかない)
次に狙われる時は、もう“牽制”じゃ済まないだろう。
それでも。
俺は前に進む。
作ると決めたから。
この世界の“当たり前”を、
最後まで塗り替えると決めたから。
嵐は、まだ始まったばかりだった。




