【52話】応え続ける覚悟
依頼から一週間。
俺たちは、なんとかすべてを用意し終えた。
「……終わったな」
テーブルの上に並ぶ木箱を見て、思わず息を吐く。
入浴剤、化粧水、保湿液。
どれも試作品以上の品質だ。
「数量、間違いありません」
セラが依頼書を見ながら言う。
「いやぁ……正直、死ぬかと思った」
リュカが椅子に深く腰掛けた。
「だが、やり切ったな」
ドランは短くそう言って、腕を組む。
表情は変わらないが、どこか満足げだった。
達成感。
それが、拠点全体に静かに満ちていた――その時だ。
コンコン、と扉が叩かれる。
「……来客?」
こんなタイミングで、と思いながら俺が扉を開ける。
そこに立っていたのは――
「ごきげんよう」
見慣れた笑顔。
エリシア王女だった。
「……また来たのか」
思わずそう言うと、彼女は楽しそうに笑う。
「ええ。今回は、少し賑やかですの」
その言葉通り、エリシアの後ろに、もう一人の少女がいた。
淡い色のドレスに身を包み、エリシアの背中に半分隠れるようにしている。
「……あの……」
小さな声。
視線は下がり気味で、こちらを直視できていない。
「こちらは、リネット・フォン・クラウディア」
エリシアが紹介する。
「私の友人ですわ」
「……は、はじめまして……」
リネットは小さく頭を下げると、またすっとエリシアの後ろに隠れた。
リュカが目を丸くする。
「……貴族の方が、二人?」
「ええ。今日は二人です」
ドランはすでに一歩前に出て、静かに礼をしていた。
「お越しいただき、光栄です」
エリシアは満足そうに頷き、
それから俺たちが積み上げた木箱に視線を向ける。
「全部、用意できたのですね」
「ああ。約束通りだ」
「素晴らしいですわ」
その背後で、リネットがそっと顔を出す。
「……あ、あの……」
「どうしました?」
セラが柔らかく声をかけると、リネットは少しだけ勇気を出したように言った。
「その……エリシア王女殿下から、お話を聞いて……ぜひ、一度……実物を見てみたくて……」
その様子を見て、エリシアが微笑む。
「というわけで」
彼女は、楽しそうに告げた。
「今日は“追加の話”をしに来ましたの」
達成感に浸る暇は、どうやらなさそうだ。
俺は苦笑しながら、二人を拠点の中へ招き入れた。
拠点の応接用の部屋に通すと、
エリシアは迷いなく腰を下ろし、リネットは少しだけ間を空けて座った。
「まずは、感想をお伝えしますわ」
エリシアはそう切り出した。
「石鹸。これはもう、言うまでもありません。王宮内で使った者全員が“戻れない”と言っています」
「戻れない?」
「ええ。以前の石鹸に、です」
即答だった。
「泡立ち、洗い上がり、香り。どれも別物。侍女長が真顔で『常備品にすべき』と言いましたのよ」
リュカが思わず息を呑む。
「侍女長が……?」
「滅多に褒めませんわ」
それからエリシアは、入浴剤の話に移る。
「湯が、違います」
短い言葉だが、重い。
「香りだけではありません。湯に浸かっている間、肌が守られている感覚がある」
「今までの入浴は、温まる代わりに耐えるものだったのですね」
セラの言葉に、エリシアは頷いた。
「ええ。ですがこれは……“休息”でした」
その横で、リネットが小さく手を上げた。
「あ、あの……」
「どうぞ」
エリシアが促す。
「わ、わたし……お湯に入ると、いつも肌が赤くなってしまって……だから、少し苦手だったんです」
声は小さいが、言葉ははっきりしていた。
「で、でも……この入浴剤を使った日は……平気で……」
「上がったあとも、ですわよね」
セラが補足すると、リネットはこくこくと頷いた。
「化粧水と……その……保湿液……」
「はい」
「し、沁みませんでした……」
その一言に、部屋が一瞬静まる。
沁みない、それが、この世界ではどれほど珍しいか。
「翌朝も、です」
リネットは胸の前で手を握りしめた。
「……触るのが、怖くなかった」
その感想は、どんな賛辞よりも重かった。
エリシアは満足そうに頷くと、俺を見た。
「そこで、要望ですわ」
来たな、と思う。
「まず一つ。香りの種類を増やせますか?」
「可能だ」
即答すると、エリシアは楽しそうに笑った。
「やはり。夜用、昼用、式典前――用途で分けたいのです」
リュカが小さく唸る。
「貴族向け商品だな……」
「二つ目」
エリシアは指を立てる。
「敏感肌向け」
その言葉に、リネットがびくっとする。
「刺激を極力抑えたもの。香りも控えめで構いません」
「……作れる」
俺が言うと、ドランが静かに頷いた。
「配合を調整すれば可能です」
「三つ目」
エリシアは、少しだけ声を落とした。
「これは、まだ“要望”の段階ですが……」
「なんだ?」
「贈答用ですわ」
装飾箱。
組み合わせ。
王族や貴族が“贈るための商品”。
セラが微笑む。
「それは……喜ばれますわね」
「でしょう?」
エリシアは満足そうに立ち上がった。
「急ぎません。ですが、期待はしています」
リネットも立ち上がり、深く頭を下げる。
「……あ、ありがとうございます……作ってくださって……」
その姿を見て、俺は思った。
俺たちの商品は、もう“便利な物”じゃない。
誰かの不安を減らし、日常を変えるものになり始めている。
「……忙しくなるな」
俺が呟くと、ドランはいつも通り淡々と答えた。
「はい。ですが――やりがいはあります」
その通りだった。
二人を見送って、扉を閉めたあと。
拠点には、また静けさが戻った。
積み上げられた空箱。
帳簿の端に書かれた、新しい要望。
俺は椅子に腰を下ろし、天井を見上げる。
(……ここまで来たんだな)
最初は、生きるためだった。
次は、仲間を守るため。
気づけば今は、誰かの“当たり前”を変えるところまで来ている。
(正直、楽じゃない)
量産も、調整も、責任も。
逃げたくなるほど、重い。
でも――
王女の真っ直ぐな目。
リネットの、震えながらも言葉を絞り出した感想。
あれを見て、聞いて。
(やめる理由なんて、もう無いだろ)
「トウマ様?」
セラの声で、現実に引き戻される。
「……大丈夫だ」
俺は立ち上がり、軽く息を吐いた。
(やるしかない)
誰かのために作る。
その覚悟を、もう決めてしまった。
だから。
(もう一踏ん張りだ)
そう、心の中で呟いて――
俺は次の試作品の開発に向かった。




