【37話】腕輪の正しい使い方
翌朝。
購入した建物を三人で見に行った。
扉を開けた瞬間、俺は反射的に一歩下がった。
「……埃、すごいね」
後ろからリュカが覗き込んで、率直にそう言った。
「うん。正直、覚悟はしてたけど」
元倉庫兼住宅。
使わなくなってから、かなり時間が経っているらしい。
床は白っぽく曇り、壁際には用途不明の木箱や壊れた棚が積まれていた。
「少し手を入れれば、落ち着けそうですね」
セラは静かに室内を見渡してから、穏やかに言った。
「トウマ様が拠点として使われるには、十分な広さかと」
「……ありがとう。そう言ってもらえると助かる」
「じゃあ、やることは一つだな」
俺は袖をまくった。
「掃除だ」
壊れた木箱を外に運び出し、床を掃く。
思った以上に埃が舞って、途中から咳が止まらなくなった。
(冒険より地味にきつい……)
「トウマ様、こちら持ちますね」
セラが、俺が運ぼうとしていた棚に手をかける。
「え、いや、それ重――」
言い終わる前に、棚はすでに持ち上げられていた。
「壁際に寄せておきます」
「邪魔にならない方がよろしいでしょうから」
「……ありがとう」
相変わらず人外じみた力だけど、
言い方が柔らかいせいで、妙に自然に受け入れてしまう。
リュカは床を拭きながら、ちらりとこちらを見た。
「セラ、便利すぎない?」
「いえ。お二人が作業されているのを、見ているだけです」
全然見てるだけじゃない。
昼過ぎ。
大まかなゴミを片付け、床も拭き終わると、倉庫だった建物がようやく“空間”として見えてきた。
「……思ったより、悪くないな」
床に座り込んで、天井を見上げる。
「最初はどうなるかと思ったけど」
リュカも隣に座った。
「ちゃんと住めそう」
「はい」
セラが微笑む。
「トウマ様が選ばれた場所ですから」
(こういうところ、ずるいよな……)
午後は街へ出て、家具屋を回った。
「ベッドは必須ね」
リュカが迷いなく言う。
「寝袋じゃだめ?」
「修行するなら、体の回復も仕事」
正論だった。
結局、ベッド三つ、簡素な机と椅子、収納棚、頑丈な作業用机、
最低限だが、必要なものは揃えた。
「……結構、金が減るな」
思わず漏らすと、
「必要なものですから」
セラが穏やかに言った。
「トウマ様が迷われずに決められたのは、良いことだと思います」
「そう言われると、気が楽になる」
実際、後悔はしていなかった。
夕方。
セラによって家具が運び込まれ、配置を決める。
「ここが寝るところで」
「ここが作業場だな」
倉庫部分を見渡す。
「……ここは、一旦保留かな」
「変なことに使わないでよ」
リュカが即座に釘を刺す。
「大丈夫だよ。多分……」
夜。
新しいベッドに横になり、天井を見つめる。
慣れない環境だが、不思議と落ち着いていた。
(戦うだけじゃない)
(こうして、生活を作っていくんだな)
隣の部屋から、リュカの足音が聞こえる。
廊下の先には、静かに立つセラの気配。
「……悪くない」
小さくそう呟いて、目を閉じた。
ここが、俺たちの拠点になる。
ふと、横を見ると腕輪が視界に入り、疑問が頭をよぎる。
(前世の俺、無双好きだったよな?)
努力も嫌いじゃなかったが、最終的には派手に蹴散らすタイプだった。
だったら、もっと分かりやすく「強い武器」を書きそうなものだ。
それなのに、なぜ――
敵を強くする腕輪なんて、回りくどいものを。
机に腕輪を置き、腕を組む。
(……なんでだ)
考えているうちに、ふと、記憶の底から引っかかるものが浮かんだ。
ゲームだ。
当時、妙にハマっていた一本。
効率重視で、地味な作業を積み重ねるタイプのやつ。
(……あ)
思い出した。
あのゲームに、似たようなアイテムがあった。
敵を強化する代わりに、経験値とドロップが跳ね上がる装備。
これの使い方は、序盤の弱いモンスターを対象にして、安全な範囲で育てて、狩り、素材を売却して強い装備を買い、さらに強いモンスターを狩る。
敵を強くするのでレベル上げ用の腕輪と勘違いされがちではあるが、金策にも使えるのだ。
「……そうだ」
思わず、声が出る。
(これ、レベルを上げるだけの物じゃない)
(金策にも使えるんだ)
敵を強くして、自分を鍛える。
だけど、それだけじゃない。
素材。
金。
安定した供給。
(もしかして……)
この世界にも、弱いモンスターがいる。
代表格――スライム。
基本的には雑魚。
弱いので成長も出来ない。
だが、ごくごく稀に。
異常成長して、高価な素材を落とす個体がいる――そんな話を、聞いたことがある。
(もし、腕輪で“強制的に成長させられる”なら……?)
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「……明日だな」
今日はもう遅い。
試すなら、万全な状態でやるべきだ。
翌朝。
スライムを三体、捕まえてきた。
セラが倉庫に結界を張り、俺は腕輪を装着する。
念のため、リュカにも腕輪を試してもらったが――反応はなかった。
「何も起きない」
「……だよな」
セラも同様だった。
「トウマ様以外には、反応しないようです」
(やっぱり、俺専用か)
気を取り直して、スライムに向き直る。
闇魔力を流す。
押し込まず、包むように。
すると、スライムの体がわずかに膨張し、色が濃くなった。
「……成功だ」
一体目、問題なし。
二体目、同様。
三体目で、はっきりと限界を感じる。
(……これ以上は無理だな)
頭が重い。
魔力も、集中力も、ここまで。
(一日、三体が限界か)
だが、成果は十分だった。
成長したスライムは、確かに手強くなっている。
けれど――弱点の魔法を使えば、倒すのは難しくない。
そして。
三体目を倒した瞬間、
床に転がったそれを見て、息を呑んだ。
「……宝石?」
小さく、だがはっきりと輝く結晶。
スライムが、極稀に落とすという高級素材。
市場では、かなりの値が付くらしい。
「……やっぱりか」
腕輪を見下ろし、静かに頷く。
(前世の俺)
(これ、完全に金策用じゃねえか)
無双が好きだからこそ、
無双に至るまでを、最短で終わらせる。
そのための、地味で、堅実で、そして――最強に近道な道具。
俺は、宝石を拾い上げて、そっと握った。
「……拠点、買って正解だったな」
ここなら、誰にも邪魔されずに続けられる。
積み上げるための場所として。




