【33話】名もなきダンジョン
――ここから先は、新しい場所だ。
「次はどんな街だろうな」
俺の呟きに、リュカは前を見たまま答えた。
「情報では、冒険者が多いらしいわ。仕事には困らないと思う」
セラは頷き、当然のように言う。
「でしたら、資金調達も兼ねて、地道な依頼から始めるのがよろしいかと」
その通りだ。
強くなりたい気持ちはある。でも、生活は別だ。
数日歩き、たどり着いた街――グレイフォルドは、アルテラよりも一回り大きかった。
石造りの建物が並び、鎧姿の冒険者が当たり前のように行き交っている。
ギルドの中も活気に満ちていた。
依頼板には紙が隙間なく貼られ、受付の声も絶えない。
俺たちが選んだのは、簡単なものばかりだった。
薬草採取。
小型モンスターの討伐。
街道の見回り。
以前なら、どれも神経を使う仕事だった。
だが今は、違う。
リュカの矢は必要最小限。
俺の闇魔法は詠唱なしの低出力でも十分に機能する。
セラは前に出すぎず、周囲を警戒している。
気がつけば、日が傾いていた。
「……思ったより早く終わったな」
帰り道、そう呟くと、リュカは小さく息を整えた。
「無駄が減っただけよ」
そのとき――前方の茂みから、短い悲鳴が上がった。
視線を向けると、倒れた人物と、それを囲むモンスターが見える。
三体。小型。連携なし。
「行くぞ」
声をかけるまでもなかった。
リュカが放った矢が一体を沈め、
俺は闇で足を止める。
残りは、数秒で終わった。
「た、助かりました……!」
震える声で礼を言われ、俺は軽く頷いた。
ノートは使っていない。
代償もない。
ただ、普通に戦って、普通に助けただけだ。
街が見えてくる。
グレイフォルドの灯りが、夕闇の中で揺れている。
俺は自分の手を見下ろした。
――確かに、前とは違う。
まだ足りない。
でも、確実に進んでいる。
この街でも、俺たちは依頼を受け、戦い、前に進む。
それだけの話だ。
それだけの話なのに、胸の奥には、静かな確信があった。
ギルドは、昼間よりも騒がしかった。
依頼を終えた冒険者たちが戻り、酒場代わりのように情報が飛び交う。
俺たちは報告を済ませ、壁際の空いた席に腰を下ろしていた。
「今日はここまでね」
リュカが水を一口飲み、周囲を見渡す。
俺も同じように、耳を澄ませていた。
――こういう場所では、依頼板に載らない話が転がっている。
「聞いたか? 北の森の奥だ」
「またかよ……あそこ、前は空洞だけだったろ?」
「違う。最近、奥が広がったらしい」
ひそひそとした声。
酒の勢いもあってか、内容は生々しい。
「下層で変な魔力反応が出てるって話だ」
「素材も出る。しかも高く売れる」
ダンジョン。
俺は無意識に、指先を握りしめていた。
グレイフォルドの北、森の奥にある自然発生型のダンジョン。
これまでは浅く、採取目的の冒険者しか近づかなかった場所だ。
「最近、構造が変わったらしいわね」
リュカが小さく言う。
どうやら、俺と同じ話を聞いていたらしい。
「中層以降は未踏。数日前、調査に入ったパーティが途中で引き返したって」
「理由は?」
「――強いモンスターが出た、って」
簡潔な言葉だった。
それだけで、十分だった。
俺は視線を落とす。
頭の中に浮かぶのは、修行の日々と、抑えた出力の闇魔法。
今なら、どこまで行ける?
「トウマ様」
セラが、いつもの静かな声で言った。
「そのダンジョンでしたら、修行にも実践にも向いております」
即答だった。
まるで、前から知っていたかのように。
「危険度は?」
「上がってはおりますが――お二人であれば、問題ありません」
その言い方に、リュカが眉をひそめる。
「“問題ない”って言い切るの、相変わらずね」
「事実ですので」
軽いやり取りの中で、俺は決断していた。
依頼板には、まだ載っていない。
だが、噂は確かに動き始めている。
誰かが最初に踏み込む場所。
「……行ってみよう」
そう言うと、二人は同時にこちらを見た。
「無理はしない。調査目的だ」
自分に言い聞かせるように付け足す。
暴走はさせない。
代償も、極力払わない。
今の自分が、どこまで通用するのか――
それを確かめるには、ちょうどいい。
ギルドの喧騒を背に、
俺たちは北の森にあるダンジョンを目指すことを決めた。
まだ名前もついていない、
変わり始めた場所へ。




