【32話】実践訓練・総仕上げ
それからの数日間は、正直、細かく覚えていない。
朝からダンジョンに潜り、
昼には息が上がり、
夕方には体が重くなる。
それを、毎日繰り返した。
リュカは矢の本数をさらに減らした。
一本で仕留めるのが前提じゃない。
動かし、追い込み、逃げ場を潰す。
無駄な一射が消えていくのが、見ていて分かった。
俺も同じだった。
闇魔法は、相変わらず怖い。
出力を上げれば、あのざわつきが顔を出す。
だから、上げない。
必要な分だけ。
狙った一点にだけ。
失敗もした。
止めるのが遅れて、セラに即座に介入されたこともある。
「今のは、危険でしたね」
淡々とした声。
でも、叱責じゃない。
修正だ。
そうして、ある日の夕方。
ダンジョンを出て森を抜けているとき、
空気が変わった。
「……何か強いのが来る」
リュカの声が低くなる。
茂みの奥から現れたのは、
見覚えのある気配だった。
以前、森で遭遇したあのモンスター。
当時は、力を暴走させなければ、
手も足も出なかった相手。
いや――違う。
今目の前にいるのは、それよりも、明らかに強い個体だ。
体躯は一回り大きく、魔力の圧も段違い。
「逃げる?」
リュカが、そう聞いてきた。
俺は、首を振った。
「……やれる」
逃げたい気持ちは、確かにある。
でも、足は止まらなかった。
リュカが動く。
矢は、最小限。
進路を制限し、動きを鈍らせる。
完璧だ。
俺は前に出る。
詠唱はしない。
闇を集める。
出力は――制御内。
胸の奥がざわつく。
でも、暴れない。
一点に、集中する。
放つ。
闇は、静かだった。
派手さはない。
それでも、確実に。
モンスターの動きが止まり、次の瞬間、崩れ落ちた。
あっけないほど、軽かった。
……立っている。
息は乱れているが、意識ははっきりしている。
セラは、動かなかった。
回復も、介入もない。
「……」
一瞬の沈黙のあと、セラが静かに口を開く。
「問題ありません」
それだけだった。
でも、その一言で十分だった。
以前は、暴走させなければ届かなかった相手。
それよりも強い存在を、
今は、自分の意思で倒せている。
ノートを開く。
新しいページは、まだない。
けれど。
――もう、同じ場所には戻らない。
それだけは、はっきりと分かった。
モンスターの気配が完全に消えたあと、
森には夕暮れの静けさだけが残った。
俺とリュカは、しばらくその場から動けずにいた。
疲労はある。
でも、それ以上に――妙な実感が胸に残っている。
「……終わった、わね」
リュカが息を吐きながら言う。
「ああ」
短く答えたが、内心では同じ言葉を何度も繰り返していた。
終わった。
ちゃんと、終わらせられた。
セラは周囲を一瞥すると、何事もなかったかのように言った。
「では、今日はここまでにしましょう」
「夕食は、少し豪華にします」
セラのその一言に、リュカは一瞬だけ視線を上げた。
「……そう」
声はいつも通り落ち着いている。
表情も、大きくは変わらない。
けれど。
弓をしまう動きが、ほんの少しだけ早くなった。
「無理しなくていいわよ。修行は明日もあるんでしょ」
そう言いながらも、
さっきまで張り詰めていた肩の力が、目に見えて抜けている。
セラは何も言わず、調理の準備を始めた。
香ばしい匂いが漂ってきた瞬間、
リュカは気づかれないように、小さく息を吸い込んだ。
「……ちゃんと、食べないとね」
それだけ言って、焚き火のそばに腰を下ろす。
俺は、その横顔を見て、思わず苦笑した。
分かりやすくはない。
でも――嬉しいのは、ちゃんと伝わってくる。
焚き火の音が、一定のリズムで耳に届く。
セラが鍋をかき混ぜ、
リュカは無言で器を整えている。
誰も多くは喋らない。
それなのに、不思議と落ち着いた。
少し前まで、俺は「守られる側」だった。
力を出すことを怖がって、
戦いのたびに、自分の弱さを突きつけられていた。
それが今は――
戦って、帰ってきて、こうして同じ火を囲んでいる。
特別なことは何もない。
ただの野営。
ただの夕食。
それでも。
この時間が、確かに積み重ねの先にあるものだと分かる。
強くなるって、きっとこういうことなんだ。
何かを壊すためじゃなく、
戻ってくる場所を、ちゃんと守れるようになること。
俺は、湯気の立つ器を見つめながら、
この静かな日常を、ゆっくりとかみしめた。




