【31話】実践訓練・夕刻
午後になり、ダンジョンの空気が少し変わった。
午前中にいた場所より、魔力が濃い。
肌にまとわりつく感覚が、はっきりと分かる。
「ここからが実践です」
セラはいつも通り淡々としているが、
足を止める位置が、午前よりわずかに後ろだった。
――つまり、俺たちが前に出ろ、ということだ。
「……来る」
リュカが低く告げた直後、岩陰からモンスターが姿を現す。
数は多くない。でも動きが速い。
「午前と同じ制限でいきます」
セラの声。
リュカは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに弓を構えた。
一本目の矢が放たれる。直撃ではない。壁を掠め、モンスターの進路をずらす。
「今!」
リュカの合図。
俺は前に出る。午前中に何度も繰り返した動き。
闇を集める。……出力は、低い。
それでも、迷わず放つ。
闇の塊がモンスターを弾き飛ばすが、倒しきれない。
「ちっ……!」
反撃が来る。一瞬、判断が遅れた。
その隙を、リュカが矢で埋める。
急所を外さず、確実に仕留めた。
「今の、遅いわよ!」
「分かってる……!」
息が荒くなる。午前の訓練とは違う。
相手は“待ってくれない”。
次のモンスターが飛び出してきた。
今度は俺が先に動く。
詠唱なし。
出力は……少しだけ、上げる。
胸の奥が、ざわつく。
――まだだ。上げすぎるな。
闇が刃のように走り、モンスターの動きを止める。
完全には倒せない。
でも。
「十分です」
セラがそう言った。
一歩踏み出し、
残った一体を素手で叩き伏せる。
「今の判断は、悪くありません」
リュカが悔しそうに舌打ちする。
「最後、私が外した」
「詰めが甘いですね」
セラはリュカを見て、そう言い――
そのまま、俺を見る。
「トウマ様は、問題ありません。このまま続けましょう」
「……なんでよ」
リュカが小さく呟いた。
俺自身も、少し意外だった。
まだ全然足りない。
出力も、判断も、怖さも残っている。
それでも。
午前中より、確実に体が動いている。
「午後は、これを繰り返します」
セラが言う。
「倒しきれなくても構いません。ですが――逃げないでください」
その言葉が、妙に胸に残った。
逃げない。
それだけで、今の俺には精一杯だ。
それでも。
――午前よりは、前に出られている。
そう思えた。
夕方になると、ダンジョンの中の空気がわずかに冷えた。
戦闘を何度も繰り返したせいで、体のあちこちが重い。
魔力を大きく使ったわけじゃない。
それでも、集中を切らさずに動き続けるのは、思っていた以上に消耗する。
「最後に、一度だけ奥へ行きます」
セラの言葉に、リュカが小さく息を吐いた。
「……やっと、ね」
進んだ先は、午後よりさらに見通しの悪い場所だった。
岩と岩の隙間が多く、動きを読みづらい。
嫌な予感がした瞬間、四方から気配が膨れ上がる。
「来る!」
リュカが叫ぶ。
同時に、複数のモンスターが飛び出してきた。
昨日までの俺たちなら、確実に混乱していた数だ。
でも――
「右、二体!」
リュカの声が、早い。
矢が放たれる。
一本目は壁に当たり、跳ね返って進路を塞ぐ。
二本目が、動きの止まった一体の急所を射抜いた。
残りが、俺に向かってくる。
「俺がやる!」
叫ぶ前に、体が動いていた。
闇を集める。
午前中に覚えた“溜めすぎない”感覚。
出力は低い。でも、狙いは正確だ。
闇が走り、モンスターの脚を断つ。
倒しきれない。
――それでいい。
次の瞬間、リュカの三本目の矢が飛び、動きを止められた個体の喉を貫いた。
一体、残る。
背後から迫る気配。
振り返るより先に、セラが一歩前に出た。
「リュカ様は詰めが甘いですね」
短くそう言って、拳を叩き込む。
重たい音。
モンスターは、そのまま動かなくなった。
一瞬の静寂。
俺とリュカは、顔を見合わせた。
「……今の」
「噛み合ったわね」
はっきり言葉にしたのは、リュカだった。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
セラは、何も言わない。
ただ、少し後ろで腕を組んでいる。
「次は、私が外さない」
リュカがそう言って、弓を握り直す。
俺も、闇の残滓を払って息を整えた。
完璧じゃない。
まだまだ足りない。
それでも。
――戦えている。
昨日までは食らいつくだけで精一杯だったが、今は考えながら動くことが出来る。仲間の動きが少しだけ読める。
「今日は、ここまでにしましょう」
セラの声が、いつもより柔らかかった。
「十分です」
ダンジョンを出ると、外はすっかり夕暮れだった。
疲労は、はっきりと残っている。
それでも、足取りは午前より軽い。
「……明日も、やるわよね」
リュカが前を向いたまま言う。
「ああ」
迷わず、そう答えられた。
――少しずつでいい。
確実に、俺たちは噛み合い始めている。




