【26話】こんなリュカ、見たことない
正直に言えば――
この状況が、まったく理解できなかった。
メイド服の少女は、ギルドの中央で静かに佇み、
まるで最初からここにいたかのように空気に溶け込んでいる。
「改めまして」
彼女は一歩下がり、深く一礼した。
「私は――セラ・アルク=ノクス。トウマ様に仕える者です」
「……いや、だから……」
言い返そうとして、言葉が詰まる。
名前を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
(……そんな名前、書いた覚え……)
いや、ある。
あるけど――思い出したくない。
リュカが、前に出た。
「ねえ、トウマ」
その声が、少しだけ硬い。
「この子、本当に知り合いじゃないの?」
「違う。断言できる」
即答だった。
それなのに、セラは微笑む。
「今はそういうことにしておきましょう」
その視線が、リュカに向いた瞬間。
空気が、変わった。
「……あなたは、彼に力を使わせましたね」
静かな声。
でも、逃げ場がない。
「未熟な状態のご主人様に、覚醒を強いた。あれは、彼の命を削る行為です」
「それは――!」
リュカが言い返そうとする。
でも、言葉が途中で止まった。
俺には分かった。
この光景が、異常だということが。
(……こんなリュカ、見たことない)
いつも前を向いて、迷いなく戦って。
誰かに責められても、笑って受け流す。
なのに今は――
拳が、震えている。
「私たちは一緒に戦ってきた」
リュカの声が、低くなる。
「トウマを守るって、決めてた」
「それが、間違いです」
セラは、即座に否定した。
「あなたは強い。ですが、“彼の隣”に立つには、判断が甘い」
胸が、きしんだ。
言い返してほしかった。
いつもの調子で、笑ってほしかった。
でも、リュカは笑わなかった。
「……なら」
一拍、置いて。
「力で証明する」
その目は、本気だった。
「私が間違ってると言うなら、倒してみなさい」
セラは、少しだけ首を傾げる。
「――承知しました」
訓練場。
俺は、立ち尽くすことしかできなかった。
「二人とも、やめよう……!」
声が、情けないほど小さい。
リュカが、魔力を解放する。
全属性が、周囲に渦巻いた。
(……こんなことも、出来るようになっていたのか……)
目の前で暴れる光と力の渦に、胸がざわつく。
自分は――まだ、何もできないのに
セラは、何もしない。
詠唱もしない。
魔法陣も、展開しない。
ただ、踏み込んだ。
(……速っ)
気づいた時には、距離が詰められていた。
リュカの攻撃が、当たらない。
避けられているんじゃない。
最初から、そこに“いない”。
拳。
掌。
肘。
どれも、魔力を帯びていない。
なのに――
リュカの体が、宙を舞った。
「っ……!」
地面に叩きつけられた音が、やけに大きく響く。
(……嘘だろ)
立ち上がろうとするリュカの動きを、
セラが足運びだけで封じる。
「魔法は不要です」
淡々とした声。
「あなた程度であれば」
その一言が、決定打だった。
リュカの動きが、止まる。
俺の喉が、詰まる。
(こんな顔……見たこと、ない)
悔しさ。
混乱。
そして、恐怖。
全部が混ざった表情。
セラが、こちらを振り返った。
「ご安心ください、トウマ様」
優しい声。
「あなたを危険に晒すことは、もうありません」
――それが、守るという言葉に聞こえなかったのは、たぶん、俺の心が弱っていたからだ。
でも、その言葉に妙な安心感を感じていた。




