【16話】旅立ちの時
出発の日は、思っていたよりも静かだった。
村の門の前。
俺とリュカは並んで立ち、荷物を背負っている。
「……本当に行くんだね」
母さんがそう言って、俺の顔をじっと見た。
心配しているのは分かる。でも、止めるつもりはない――そんな目だった。
「うん。ちゃんと帰ってくるよ」
そう答えると、母さんは小さく息を吐いてから、少し困ったように笑う。
「血は争えない、か」
その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。
冒険者だった父さん。
冒険の途中で命を落としたと、俺は聞かされている。
詳しい話は知らない。
母さんも、多くを語ろうとはしなかった。
それでも――
俺が村を出ると決めたとき、止めなかった理由だけは、分かる気がした。
母さんは、俺の手に古い短剣を握らせる。
派手さはない。でも、不思議と手に馴染む。
「父さんが使ってたやつだよ」
「……あの人みたいに、無茶はしないで」
「努力はする」
そう言うと、母さんは小さく笑った。
その隣で、リュカの両親が彼女に向き合っていた。
母親が、小さな首飾りをそっと差し出す。
銀色の鎖に、淡い光を帯びた石。
一見すれば、どこにでもある護符だ。
「派手なものじゃないわ」
「でも、魔力の流れを整えてくれる。あなた向けよ」
リュカは少し驚いた顔で、それを受け取る。
「……ありがとう」
首にかけると、彼女の表情がわずかに落ち着いた。
「無理はしないこと」
「困ったら、必ず立ち止まること」
父親の言葉に、リュカはいつもの調子で笑う。
「大丈夫。ちゃんと考えて動くから」
……本当か?と思ったけど、口には出さなかった。
準備は終わりだ。
俺は村を振り返る。
いつもと同じ家並み、同じ道。
なのに、もう戻れない場所になった気がした。
「行こうか」
俺が言うと、リュカはうなずく。
「うん」
二人で、一歩踏み出す。
父さんが見ていた景色。
父さんが歩いた“外の世界”。
胸の奥が、わずかに熱を持つ。
――落ちこぼれは、まだ名乗らない。
けれどこの日、俺たちは“村の外”へ足を踏み出した。
世界は、思っていたよりずっと広い。
***
二人の背中が見えなくなってから、母さんはしばらくその場に立ち尽くしていた。
風が吹き、村の門が小さく軋む。
「……行っちゃったわよ」
誰にともなく、そう呟く。
そして、空を見上げて、静かに言った。
「あなた」
「やっぱり、あなたの子ね」
一瞬だけ、懐かしむように目を閉じる。
「……今度は、ちゃんと見届けるから」
その声は、もう届かない誰かへ向けたものだった。
村は、何事もなかったように日常へ戻っていく。
だがその外で、確かに歯車は動き出していた。
――第一章・了




