2000⑦揺らぎ
「私、生徒会選挙に出ることになった」
カホが突然私の教室にやってきて、そう打ち明けた。
年末に生徒会選挙が行われ、各クラスから男女1人ずつが立候補者になって選挙が行われる。私のクラスはクラスの中心人物2名に加えて、ソフトバレー部新主将のTさんが個別に立候補し、その推薦人に川中さんが決まっているといううわさもあった。
カホのクラスはカホが立候補することになったらしい。カホは、私に推薦人になって推薦演説をしてほしいと言った。クラスの代表なら、同じクラスの者が推薦人になるはず・・・私は瞬時に察した。
カホは丹羽達から無視されていると川中さんから聞いた。きっと嵌められたのではないだろうか。立候補するように決定させて、推薦人に誰もならない。こういうとき教師は役に立たない。
教師は生徒の思っている以上に状況を把握していて、誰と誰が付き合っているとか、別れたとか誰と誰が仲が良いとか細かいことまで知っているのだ。これは数年後、教育実習生となった私が現役教師から直接聞いた話なので事実である。だからこの時も担任教師はカホの現状を察しているはずだが、この教師は簡単に介入しない。下手したら自身の出世にも影響する。彼らだって生活がかかっている。カホのクラスの担任教師には生まれたばかりの娘がいた。
「いいよ、わたしがやる」
面倒なことに巻き込まれたと正直思った。
だけど、これではあまりにもカホがかわいそうすぎる。私は正式にカホの推薦人として登録され、翌日の昼休みの選挙説明会に参加することになった。
説明会には知った顔がそろっていた。
1組・A君とKさんとその推薦人2人、Tさんとその推薦人川中さん
2組・カホの推薦人の私、カホのクラスのT山君の推薦人のトンボくん
3組・ガッサンの推薦人のミノリ、男子候補者とその推薦人
4君・本田の推薦人の木原、女子候補者とその推薦人
5組・野球部部長K沼君の推薦人の大浦、女子候補者とその推薦人
学年200人くらいいるのにどうして知った顔が半分以上を占めているのか。漫画か?なんだこの展開やばすぎる。
・・・てか大浦いるんですけど!何だこの奇跡!文化祭に続いて運命じゃん!
と、これまでの私なら思うのに、なぜかこの時は冷静だった。カホへの仕打ちに対する怒りもあったが、2組の生徒の推薦人として隣に座るトンボくんの様子の方が気になった。目が合うとニヤッとして、私は思わず目をそらした。
クローバーの押し花は、きれいに完成して机に飾っている。
妹に「どうしたの?」と聞かれて、友達にもらったから作ってみたと答えた。普段手作りなんてしない不器用な姉が急にそんなことを始めたなんて不審でしかないだろう。妹は訝し気にうなずいて「お菓子食べよう」と誘ってきた。
説明会では、選挙当日に推薦人、候補者併せて一組5分の直前演説時間が設けられていること、他候補者を悪く言う内容は禁止であること、改革が明らかに不可能な公約は出さないこと、選挙ポスターは一人3枚まで廊下に掲示できること、候補者は後日給食時に流すインタビュー動画を撮影することが説明された。
説明会後、川中さんが私に「がんばろうね」と耳打ちした。すでに他候補の推薦人になっていた彼女はカホの推薦人になれなかった。なし崩し的に推薦人になった私に同情し、全面的に私の見方であることをアピールした。
カホと相談して演説時間の分担を決め、選挙ポスターは美術部のカホが美術部の人脈を駆使して作成することが決まった。
カホは人前に出るのが怖いと言った。カホには「大丈夫」「みんな同じ気持ちだよ」と言って励ました。私は小学生の時に学級委員を何度も経験していたし、学年代表で全校児童保護者の前で5分以上の演説をしたことがあり、その時の経験を生かしてできると思った。似非優等生としての実力と騙された人間からの信頼はそこそこあるのだ。私は本当に性格が悪い。
なにより当選するしないは別として、カホが選挙を無事に終わらせることが丹羽達へのささやかな反抗なのだ。
その日からカホと選挙のための準備に取り掛かった。
準備は毎日放課後の30分、部活を遅刻して行うことになった。候補者と推薦人は部活を遅刻することが許された。カホのクラスで行ったので、特別に他クラスの教室に入ることを許された。私たちの横で、T山君とトンボくんが選挙ポスターを描いていた。あまりにも下手な絵だったので、しびれを切らした私たちは、二人で1枚描いてあげた。私たちがわざとちょっとだけかっこよく描いた似顔絵ポスターを、T山君は喜んで一番目立つところに掲示すると言っていた。
トンボくんは作文が苦手らしく、すぐに私たちに助けを求めた。なんで推薦人引き受けたんだろう・・・。仕方なく一緒に考えてあげていたら、本田が歌いながら敵情視察と銘打って教室にやってきた。本田はぺらぺらと自分の手の内を話してくれた。
この間、部活は副部長のマユミがアイのサポートを受けながら取り仕切っていた。マイペースのマユミだが、彼女なりに一生懸命取り組んでいて私は彼女の責任感に感心した。一方の男子は部長副部長全員選挙に関係していたので、なし崩し的にタケが一人で頑張っていたという。
ミノリとは部活中に進捗具合についての話をした。ガッサンを讃える文章が出来上がっていたらしく、ガッサンを聖人のように仕立て上げていた。プライドの高いガッサンがこれを聞いて喜ばないわけはないだろうし、彼女自身当選は当然と思っていただろうから、落選なんてことになれば彼女のプライドがズタボロになって不登校になりかねないので、むしろ落選しないでほしいと心から思った。
放課後、カホと私がああでもないこうでもないと文章を考えていたことろ、月岡先生が見回りにやってきた。
月岡先生に今の時点でできている文章を読んでもらい、アドバイスをもらうことが出来た。カホが月岡先生に親しく感謝を伝えて、私も「ありがとうございます」と話すと、
「ミカコはいつも誰かのためを考えている」
とつぶやいた。
「?」
何を言っているのかわからなかった。
私は私のやりたいことをやっているだけだ。
一方、大浦のクラスとは校舎が違うため、全く関わることが出来なかった。それでもいずれ何かしら会話のきっかけができるだろうと思っていたので、毎日髪はきれいに梳いて、朝晩リップを縫って唇はかさつかないようにし、つい口走ってしまうかわいくない言葉を言わないようにと毎朝念じた。
本田に「5組の人って準備どうなのかな?」と探りを入れてみたが、本田も5組のことは知らないらしかった。すかさずトンボくんが「5組の人が気になるの?」と聞いてきたから「気になるっていうか、あまり話聞かないからどうなのかなって」といって胡麻化した。
彼は私と大浦が会えば悪態を付き合う仲とは知らない。もちろん私が好きなのは大浦だとも知らないし、察することも出来ないだろう。
―――大浦、、、そういえば私、彼のどこが好きなんだっけ?あれ?私、、、いや、私が好きなのは大浦だ
目の前で私に笑顔を向けるトンボくんの顔を見ながら、私はこれまで考えたこともない疑問を感じた。
選挙当日、カホと私は無難に演説をこなした。
当選はしないだろうけど、悪印象も持たれない、とにかく無難にこなす作戦を取った。
結果A君が会長、本田とガッサンが副会長となり、書記にTさんと4組の女子が選ばれた。カホは落選したが文化部長という文化部の部長会の会長という役職に就任した。具体的に何の仕事をする役職なのかさっぱりわからないのだが、そこそこ忙しく、就任すれば高校入試での内申点にもそこそこ良い方に影響する立場らしいので引き受けた。と、カホから聞いた。
こうしてカホが役職に就いたことで丹羽達への復讐はある意味成功した。
翌日から通常通り部活に復帰した。
ミノリに「ガッサンおめでとう」「やっぱりガッサンはすごいね」と話すと、自分のことのように自慢げになっていた。ミノリは流ちょうにガッサンとの選挙の出来事について語り始めた。
それを遮るかのように、トンボくんが私に挨拶してきた。私は挨拶をし返した。そして彼は私にカホから話があったと思うけど、の前置きで、2組+本田木原、川中で選挙お疲れ様会をしようとの話をはじめた。そういえばカホからの手紙にそんなことが書いてあった気がするけど、よく読んでなかった。
そうこうしている間に顧問がやってきて練習時間が始まったためミノリの話は中断したままになった。
まあ、また時間のある時に聞こう。




