2000⑥ココロカラダ
2000年11月
文化祭が終わって2週間くらいしたある日曜日、マユミの母から私の母へ電話があった。電話を終えた母から、マユミが突然中学校近くのアパートに引っ越したという話を聞いた。
自宅兼事務所だった家で設計士をしているマユミの父親だけが引越さずに残っている。そういえば以前マユミから、母親が子供部屋で寝ているという話を聞いていた。
金曜日まで一緒に登下校していたが、マユミはそんな素振りを見せなかったし、引越してからもマユミの苗字は高田のままで、マユミはマユミのままだったが、事情は大体推測できた。ただ、マユミが話すまで、こちらから引っ越した事情について聞かないことにした。
マユミの周りは大きく変化した。マユミの引っ越しによって、私もこれからはずっと一人で登下校せざるを得なくなる。山道を一人で帰るのは不安だけど、こればかりは仕方ない。私にも小さな変化が起きた。
街中で、いや日本中でコヤマの好きな某アイドルグループの曲が流れていた。メンバーの私と同じくらいの年の子たちが大暴れして変な歌を歌って踊っている。学校でもみんな歌っていたが、私はもっぱら合いの手に徹した。
私の祖父は、県内では少し名の知れた詩吟の師範であり、当時、街内に5~6の教室を持っていて、何十人もの生徒を指導していた。それだけでなく、祖父は普段から自作の鼻歌をよく歌っていて、家にはいつも歌があった。そんな環境にいた私が歌うことを嫌うわけがなく、小さい頃は祖父の録音用マイクを持って祖父やテレビで見たうたのおねえさんの真似をして自由に歌って楽しんでいた。
ただ、小学4,5年生の時、ピアノを習い、合唱クラブに属し、音楽においても学年でトップクラスだったであろうガッサンからみんなの前で「ミカコは声質がいいが音程がおかしい」と言われたことを機に人前で歌うことを辞めた。私は音程やリズムのことは何一つわかっていない。ただ楽しいという感情だけで歌っていた。急に私の中で羞恥心が芽生えた。以降、私は風呂場でこっそり鼻歌を歌うくらいしか歌わなくなった。
ここでガッサンを責めないでほしい。確かに彼女の言い方は、いくら子供とはいえデリカシーに欠けている。だけど私は彼女のおかげで現実を知ることが出来たし、もっと大きくなってから恥ずかしい思いをせずに済んだのだ。
私は変な歌の合いの手担当として、みんなの歌を盛り上げた。
21世紀へのカウントダウンがそろそろ始まる。
不景気だけど音楽に溢れ、コンピューターの話題がニュースにあふれるようになり、二つ折りの携帯電話のコマーシャルばっかりが流れるテレビは新世紀への期待に溢れ、異様にエネルギッシュでみんな受かれていた。
コヤマはなぜか私に絡んでくる。
授業で2人組を作るとき、一緒に組もうと言ってくる。
新しく買ったノートが可愛いから見てほしいと説明してくる。
買ったリップがいい匂いだ
ミカコの筆箱についたビーズのキーホルダーが可愛いから見せてほしい
他愛ないことだった。
私は無下にはせず、一つずつ誠実に対応した。足元をすくわれないようにという気持ちもあった。
しかし、次第に彼女は自分に素直なだけなのだと思うようになった。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、それがはっきりしていて、嫌いなものは物でも人でも拒否する。はっきりしているからこそ、そんな彼女を快く思えない人もいる。
たぶん私には好意を持っていて、だから自分の好きなものを共有したいと思っているのではないだろうか。だとしたら、好意的に接すれば昔みたいにいじめられることもないのではないだろうか。
何より、そんな彼女の好意に少しずつ心を開いていっている自分に気づき始めていた。
1年の時から定期的に襲われている謎の腹痛は、2年生を半分近く過ぎても変わらず私を襲い、苦しめてきていた。何をするにも「おなかが痛くなったらどうしよう」と無意識に考えるようになった。ポケットに、母がくれた水なしで飲める腹痛の薬を入れたケースを忍ばせておかないと不安で仕方なかった。
腹痛が起きると、保健体育の先生が、言っていた言葉を思い出した
「要は気の持ち方次第。心と体は繋がっている。『大丈夫』と思えば『大丈夫』になる」
滅茶苦茶な考えである。だけど、「だめだ」と思い続けるより、大丈夫と思えば気持ちが上向きになって、本当に大丈夫になるような気がする。だから、おなかが痛くなっても「大丈夫、すぐ収まる、大丈夫」と思うようにした。
ところが、昨日は家庭科の時間に急に腹痛に襲われてトイレに駆け込んだ後、薬を飲んで「大丈夫」と思いながらトイレで休んだが治らなかった。結局そのまま保健室に直行した。保健医から、体温計を渡された。
腹痛と格闘したせいか、微熱が出ていたらしくそのままベットで休ませてもらった。学校で、制服のまま布団に横たわるとはなんとも不思議な感覚だった。寝ている間に、保険医と誰か女子生徒の声が聞こえた。
寝ぼけていたから、何のために保健室に来たのかよくわからなかった。
休み時間が来るまで寝かせてもらい、腹痛も収まったので教室に戻ろうと思っていたが、再度熱を測るように言われた。まだ微熱があったため、そのまま待つように言われた。保健医は机上の電話で月岡先生に内線電話をして、数分後にやってきた月岡先生から母に連絡したから早退するようにと言われた。
保健医は体育の授業中に突き指をした生徒の処置に集中していた。
月岡先生はボソッと「ミカコはいつもどおりしていなさい」とつぶやいた。この頃から、月岡先生は私を下の名前で呼ぶようになった。
迎えにきた母は、仕事を抜けてきたため大慌てで私を家に連れて帰った。母は私に「漫画読まずに寝ておけ」と釘を刺し、仕事に戻っていった。
漫画を読まずただ横になるのは暇だった。
もうお腹も痛くないし、熱もひいていた。
自分だけサボっているような背徳感となんとなく得をしたような感覚。
祖母は母から私が熱が出て早退したと聞いていたので、近所の自販機でスポーツドリンクを買ってきてくれた。申し訳ない。
暇だな
だけど、ずっとこのままでいたい気もする
ガラン、バタバタ、ドンドンドン、ガチャ
静寂をかき消す音。ノックもなしに部屋の戸を開けると前後して大きい声が響く。
「お姉やん帰っとるん!!!見て、運動場でキラキラの石拾った!!
なんで寝とるん!?キラキラの石見て!!」
内弁慶で能天気な小学生が帰ってきた。
私の贅沢な時間はあっけなく終わった




