1-30 戦いは終わり
俺とサラは迷宮の地面にぶっ倒れていた。
勢いあまって俺の隣まで転がってきたサラは、無理な挙動をしたせいで体が動かないらしい。……まあ、俺の強化が無理な挙動をさせたとも言えるのだけれど。
隣の俺と目が合ったサラは「えへへ」と笑い、破顔した。
「勝ったね、ロイド」
「……何とか、な」
「傷は大丈夫?」
「大したことない。お前は?」
サラは「絶対嘘じゃん……」と小声で呟きつつも、「わたしは平気だよ」と言った。
「……でも、ボロボロなのに自分を囮にするなんて危険な真似して。わたしは心配だよ」
サラは表情を変え、じとっとした目で俺を見る。
俺は何とか上半身を起こし、肩をすくめた。
すると慌てて、『奇跡の縁』ヒーラーのアリエスが駆け寄ってくる。
「今、治癒をかけますね」
「すまん、頼んだ」
「いえ――ロイド様こそ、私たちを助けてくれて、ありがとうございます」
アリエスはおっとりとした雰囲気の垂れ目を、熱っぽくしながら言う。
……なぜ様付け? というか何だかやけに色っぽい気がするけれど、どうしてだろうか。
治癒をかける手つきが、妙に丁寧でくすぐったい。というか近い。アリエスの長い金髪が、俺の首元にさらりとかかった。良い匂いがする。
――が、背後から冷たい視線が突き刺さっているので俺は凍り付いていた。
「ロイド……」
「何だよ」
「別に。デレデレしてるなあと思って」
「してねえよ!」
サラは俺の反論も聞かずにそっぽを向く。
サラは『勝利の旗』ヒーラーのメイに治癒してもらっているが、彼女は俺とサラの様子を見てくすくすと笑っている。何だか暖かい瞳だった。……なぜ俺は年下っぽい少女に暖かい目で見られているのだろう……分からない……。
一方、クラッサなどは勝鬨を上げ、他の連中も嬉しそうに騒いでいる。
ミランダはそんな『奇跡の縁』の面々を見てため息をつき、『勝利の旗』のケインやフィルなども一緒に騒いでいるのを見て、疲れたように額に手を当てている。
可愛らしい容姿の割に、何やら苦労人っぽい雰囲気だった。
そこへ、
「――何だ、まさか終わったのか?」
言葉と共に一瞬で姿を見せたのは、一流冒険者パーティ『勇気あるもの』の面々。
中央に立つレックスの驚いた顔を見て、俺は軽い調子で手を挙げた。
「よぉ」
「ロイド……」
これまでは接するのを無意識に避けていたけれど、吹っ切れた今となっては臆する理由もない。俺は不敵な笑みを浮かべて、格好いいセリフを言う。
「悪いな、覚醒種は俺たちが倒した。お前らの手を借りるまでもなかったぜ。ごふっ!?」
「いや、締まらないなぁ……」
サラが呆れたように言う。
まだ治癒の途中だからか、いきなり咳き込んでしまった。アリエスは横で笑いを堪えている。おい。違うから。まだ腹部にダメージが残っていただけだから。
ディートリヒはくっくっくと楽しそうに腹を抱えている。やかましい。
「お前らだけで倒したのか? ……猪人の覚醒種を?」
「はい。……もっとも、ほとんどロイドさんとサラさんの力ですが」
僅かに苦笑を浮かべて、ミランダが答える。
「それは違う。あれを倒せたのは、みんながいてくれたからだ」
俺が反論すると、ミランダはびっくりしたように俺を見る。
「……俺は、一人じゃ戦えないからな。一緒に戦ってくれて、ありがとう」
礼を言うと、みんなは笑った。
「まったく……僕が頼んだのは時間稼ぎなんだけどね?」
ディートリヒが愉快そうに笑いながら、俺のもとへ歩いてくる。
「うるせえな。パーティを抜けたのに、この後に及んでまだお前らに頼るなんて癪だろ」
「まさか、それだけの理由で?」
「――いいや、俺たちならできると思った。それだけだ」
「変わったな、ロイド」
呟いたのはレックスだった。
「……オレは正直、お前はもう冒険者を辞めた方が幸せになれると思ってた」
どうせ、そんなところだろうと思っていた。
あのレックスが、わざわざ仲間を追放するなんて――仲間のためを思ってのことに決まっている。だが、悪いな。それはありがた迷惑ってやつだ。
「舐めんなよ。俺の道をお前が決めるな」
強気に笑うと、レックスはつられたように口角を吊り上げる。
あの日以降、ずっと冷然とした顔をしていたレックスの笑みを、久々に見た。
「――思い出したんだよ、俺が迷宮に潜る理由を」
「どうやら余計なお世話だったみたいだな」
「ま、お前らのところには戻らないけどな。俺は新しい道を行く」
「お前を変えたのは、そいつか?」
レックスの視線は、俺の後ろに座り込むサラに向いた。
「?」
彼女はきょとんと小首を傾げる。
「……まあ、そんなとこだ」
「今度は随分とちっちゃい子を狙ってるのね。アリサとは結構違うみたいだけど」
「そういうんじゃねえよ。やかましい」
反論すると、エルはフンと鼻を鳴らして顔を逸らした。
相変わらず俺のことを嫌っているらしい。最早いつものことなので肩をすくめる。
「あ、あはは……」
イリスはそんなエルを見て困ったように苦笑していた。
「……悪かった、ロイド」
「謝るなよ」
レックスの言葉を、俺は止めた。
「そのおかげで俺はサラに会えたし、最初の気持ちを取り戻せた。お前らしくない言葉は聞きたくねえ。いつもみたいに、勇者らしくしてろ」
「……上等」
「相変わらず仲が良いねえ」
愉快そうなディートリヒを睨みつけると、レックスも同じ行動をしていた。真似すんな。
「レックス」
俺は言う。
「――俺はサラと一緒に、お前らを越えていく。覚悟しておけ」
宣言をする気分は爽快だった。
レックスは「やってみろ」と言い、ディートリヒはいつも通りニヤニヤとした胡散臭い笑みを浮かべ、エルはフンと鼻を鳴らし、アルダスは無言で腕を組み、イリスは俺とレックスを見て安堵したように息を吐いた。
「じゃあ、オレたちは戻るぞ。動けない奴がいるなら運ぶのを手伝うが」
「……ロイド?」
「ここ一階層だろ。ちょっと歩けばすぐに戻れる」
サラはおそらく一番怪我が重いから俺の名前を言ったのだろうが、これだけの啖呵を切っておきながら『勇気あるもの』に運ばれるとか間抜けすぎるので勘弁してほしい。
去っていくレックスたちの後ろ姿を見て、
「……勝手に宣言しちまったけど、サラはそれでいいか?」
「もちろん!」
花が咲いたようにサラは笑い、頷いた。
俺の希望となったその少女は、彼女のその澄んだ瞳はまるで蒼い空のように広く、大きく、吸い込まれそうなほどに綺麗だった。
「……そうだ」
「どうしたの?」
「いや、俺たちのパーティ名、候補を一つ思いついたんだよ」
「えっ、どんなの!?」
ワクワク! といった感じの煌めいた瞳で見つめてくるサラ。
何だか照れ臭くなって、俺は適当に誤魔化した。
「後でな」
「ええーっ!? 今教えてよ! わたしが考えた『邪悪にして悪辣なる漆黒の暗闇』よりもセンスある!?」
……流石にそれよりはセンスあるんじゃないですかね…………。
あとお前のどこが邪悪にして悪辣だというのか。普通にわけが分からない。
意外と「そういう」の憧れているのか。
「アリエス、治癒ありがとな。今度、ちゃんとお礼をさせてくれ」
「……はい、ロイド様。ぜひ!」
「ねえロイド! 早く教えてよー!」
俺は付きまとってくるサラをあしらいながら、地下一階層を抜け出すために歩き出すのだった。




