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支援術師の迷宮探索記  作者: 雨宮和希


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29/31

1-29 信頼

 ――サラはそっと息を吐いた。

 大地を揺らすかのような咆哮を受けて僅かに怯んだ自分を叱咤する。

 頬をパンと叩き、剣を握り直した。


(赤い、猪人……)


 サラにとって、猪人というモンスターは一つの壁だ。

 冒険者になる前、ロベルトに師事していた頃に敗北したことがあり、今日もまた、ロイドの支援を受けた上で倒しきることができなかった。

 つまり猪人は、今のサラの力量よりも上の相手だということ。

 ただでさえそうだというのに、今サラの眼前に佇むのは、その猪人の覚醒種だ。

 これで恐怖がないわけがなかった。

 赤い猪人の咆哮を受け、皆が怯んでいる状況の中で、サラはただ一人動き出す。

 側面を突くように疾走し、暴風のように振るわれる槍を屈むような形で回避。そして懐に潜り込もうとしたが――脚を斬りつけて、即時離脱した。

 嫌な予感がしたからだ。

 それに、これぐらいの小さな隙だと、奥義を放つ余裕もない。

 直後、サラが入り込もうとしていた部分に槍が振るわれる。読みを外したからか、赤い猪人は鬱陶しげにうめき声を上げた。

 クラッサが落とした盾を踏みつけながら、赤い猪人は悠然と周囲を見渡す。


(小さな隙は確かにある。けど……奥義を放つほどの隙は中々ない。どうしよう)


 魔法使い三人の魔法が撃ち放たれ、その間にケインが治癒され、中央に戻ってくる。

 クラッサはまだ回復に時間がかかりそうだった。

 回復できたとしても、タンクとして仕事をするためには取り落とした盾が必要だ。


「サラ」


 後方から聞こえてくるのはロイドの声。


「……どうだ?」

「もう少し大きな隙がないと、難しいと思う」

「よし、俺たちが隙を作る。少し下がってタイミングを見計らってくれ」


 頷き、サラは一歩下がる。

 ……そう答えたものの、サラに自信はあまりなかった。

 まともに成功したことがないのだから当然だ。けれど、ロイドができるというのなら。

 サラは、ロイドに信じてほしいと言った。

 だというのに、サラがロイドのことを信じられないのは、ひどくおかしな話だ。

 ロイドができると言ったのだ。なら、サラはやるべきことをやるだけ。

 ――しかし、その前に赤い猪人が動いた。

 ドン!! と、大地を踏み砕くような勢いで一気に突進。

 虚を突かれたのかケインは慌てて盾を構えたが、赤い猪人は俊敏に彼をかわした。


「……ロイド!」


 サラは叫ぶ。

 赤い猪人が見据えているのは、明らかにロイドだった。

 ケインを上手くかわしたことで、止める者はいない。真っ直ぐに突撃していく。


「《ファイアースピア》ッ!!」


 辛うじて、カールの火属性中級魔法が間に合う。


「《マギックレインフォースメント》……ッ!!」


 ロイドがそれにバフをかけた。

 ミランダとフィルはまだ詠唱を済ませることができていないのか。

 しかし赤い猪人はカールの魔法を無視した。まともに直撃し、炎が赤い猪人を包む。

 それでも止まらなかった。普通の猪人なら打倒することができた火属性中級魔法を、ロイドが支援術で増強しているのだ。それが直撃ともなると、流石に少しはダメージを受けているように見えるが、この好機を逃さないとばかりにロイドへと踏み込んでいく。

 ロイドに動揺はなかった。

 冷静に、赤い猪人を見据えている。

 危機に陥っているのが仲間ではなく自分なら、ロイドは冷静でいられるのだろう。

 そこで――まさか、とサラは思った。

 ロイドの口元に僅かに笑みが刻まれた。そして、呟く。


「サラ、見逃すなよ」


 ロイドはこのピンチを利用して、逆にチャンスを作るつもりなのか。


「《ヒットレイトダウン》プラス――《アヴォイダンスレイトアップ》……ッ!!」


 サラにロイドの言葉の意味は分からなかった。

 けれど、それが支援術の術式発動なのだということだけは分かる。

 ロイドの言葉を信じて、サラは赤い猪人の背中を目指して駆け出した。

 目を細め、息を吐く。

 集中力を高め、破神流剣術の奥義を撃ち放つ準備を整えながら。


 ◇


 ――俺を指揮官だと見抜き、まず俺から潰そうとしてきた。

 なるほど、論理的な思考だ。俺かタンクさえ潰せば戦線は崩れる。が、タンクはそもそも潰されにくいからこそ前線を張っているわけで、それを俺が支援もしている。

 だから赤い猪人はじれったくなったのか、パーティの弱点とも言える俺を狙ってきた。

 ひどく人間らしい思考だ。人間との戦闘経験が豊富な覚醒種ともなれば、自然と思考が似てきてしまうのだろうか。――けれど、だからこそ読みやすい。

 俺はそれを想定していた。

 ゆえに、これは赤い猪人を「引き込んだ」とも言える。

 だからと言って「罠」だと言い切れるほどに状況を練っていたわけでもないし、ここが正念場であることに変わりはない。

 俺の回避率アップと敵の命中率ダウンの支援術を最大効果で行使。詠唱破棄で発動していることと最大効果で行使している分だけ魔力を余計に消費しているが、赤い猪人の動きは素早く、直撃すれば一撃で死んでもおかしくないのだ。必要なコストだった。

 赤い猪人が槍を大きく振りかぶり、踏み込むと同時に振り下ろしてくる。

 だが俺の支援術の効果を如実に受けていたのか、僅かに狙いを外し体を掠めるようにして槍は地面に炸裂した。ゴバッ!! という凄まじい音が炸裂し、地面に亀裂が入り、瓦礫となって俺の体に炸裂する。激痛が思考を埋め尽くした。

 回避に支援術を傾けた結果として、防御は疎かにしていた。その報いだ。

 ただでさえ小鬼との戦闘で傷だらけになっていたので、体が異常な痛みを訴えている。

 ――だが、この程度は想定内。むしろ最高の結果だ。

 猪人はデバフが効きやすい体質だが、それは覚醒種でも変わらないようだった。

 安堵し、俺は口から血を吐きながらも笑みを浮かべる。

 攻撃を外してくれたならこっちのものだ。

 赤い猪人はすぐに次の動作に移ろうとするが、


「《アースバインド》……ッ!」

「《フリーズ》」


 フィルの土属性魔法が赤い猪人の槍を瓦礫に埋まったまま拘束し、ミランダの水属性魔法が赤い猪人の足元を凍り付かせた。

 フィルとミランダは詠唱を完了させていなかったわけじゃない。

 俺のピンチでも、あえて待機するように指示していた。


「グ、ガ……!?」


 これまで直接攻撃系の魔法しか使わせなかったから想定外だったのだろう。

 足が動かず、槍を動かせない感覚に赤い猪人がうろたえる。

 口から血を吐きながら膝をつく俺と、赤い猪人の目が間近で合った。

 だから俺は、不敵に笑ってみせる。


 ――さあ、ここからが世界最高の支援術師の本領発揮だ。


 サラが一直線に肉薄してくる。


「解き明かせ――《アナライズ》……」


 支援術を起動。これは支援術という枠組みの中でも異色な術式だ。

 いうなれば、支援をするために必要な術式。

 赤い猪人越しに、肉薄してくるサラを認識する。

 俺の瞳がサラの動きを見て、分析していく。

 そうしながら俺は、サラの攻撃に巻き込まれないように後退していく。

 腹部に瓦礫を喰らっているから動きは鈍くなっていたけれど、この程度のダメージでサラの邪魔をするわけにはいかない。気迫と根性で引いていく。

 一方、赤い猪人は後ろから迫る危機感に気づいたのか、


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 咆哮と共に《アースバインド》で拘束された槍を無理やり引きはがし、《フリーズ》の凍結をバキバキ!! と蹴り壊した。

 肩越しにサラを見据えているが、すでに彼我の距離は数メートル。

 サラが剣撃を撃てる距離に達し、しかし赤い猪人は対応の準備ができていなかった。


「破神流剣術零式――」


 サラの呟きが聞こえる。彼女の瞼は一瞬、閉じた。集中のためだろう。


「《シンクファスター》……ッ!!」


 俺は詠唱破棄で支援術を起動。これは思考能力を加速する術式。

 サラや赤い猪人にとっての一秒が、俺の感覚では二秒以上となる。

 その間にもサラは剣を上段に構え、足を止めずに赤い猪人へ突撃していく。


「――奥義――」


 俺は《アナライズ》で分析したサラの弱点を片っ端から補強し、そのせいで生まれた祖語をも細かな修正で直していく。分析したサラの体と、先ほど見た奥義の記憶から少し先の未来におけるサラの行動、軌道を予測。「無理が出ている」部分を、俺の支援で補う。

 ――今はまだ、未完成なサラの奥義を、俺が支えることで完成させるのだ。

 そう決めた。


「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……ッ!!」


 目から血が零れる。加速する思考が痛みを訴えた。頭痛が思考を縛り付ける。

 それでも俺はサラを支えることをやめなかった。

 彼女は俺を信じて、ただ全身全霊で剣を振るうことに集中している。

 なら、その信頼に応えるのが、俺の仕事に決まっている。

 極限まで分析し、支援術を行使し続けた刹那の先で、

 ――サラの、技名発動があった。


「《斬鉄断撃》」


 直後の出来事だった。

 サラの姿が掻き消え、赤い猪人の槍が斬り刻まれる。

同時に、鮮やかな紅の鮮血が宙を舞い、上段から深く袈裟斬りにされた赤い猪人は、そのまま地面へと崩れ落ち――やがて、淡い光の泡となって消えていった。



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