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1-28 奥義

 戦いが始まった。

 膠着状態などは存在しなかった。

 姿を見せた赤い猪人は、俺たちの姿を見るや否や、突撃を敢行してきた。


「――撃て」


 支援術で皆の聴覚を強化し、「聞き分け」の精度を高める。

 そうすることで小さな声の指示を出しても、明確に聞き取れるようにしていた。

 総勢三人の魔法使いは指示を受け、詠唱済みだった火属性魔法を撃ち放った。

それは『奇跡の縁』の魔法使いカールが火属性を得意としていたことと、猪人との相性を考えた結果だ。それに火属性と水属性を同時に放って相殺したら意味がない。


「速い……」


 呟く。魔法使い三人による角度をつけた攻撃を潜り抜けるように回避していく。

 猪突猛進のように見えて、しっかりと対処できるだけの「余裕」を残している。


「なるほど、こいつは厄介だ……!」


 俺が指示を出すまでもなく、赤い猪人の進行方向に盾剣士の青年二人が割り込んだ。

 赤い猪人は足を止めずに、手に持つ槍のような獲物を叩きつけた。


「ぐっ……っ!?」


 ゴン!!! という鈍い音が炸裂する。

『奇跡の縁』のクラッサは思い切り吹き飛ばされた。

 だが、地面を削るように勢いを殺し、何とか離れすぎるのを避ける。

 赤い猪人の視線は、次に『勝利の旗』タンクのケインに向く。

 が――


「――《連続剣》」


 高速で赤い猪人に接近したサラが、連続で斬りつけて一瞬で離脱していった。


「グ、ガ……!?」


 赤い猪人には確かに動揺が見えるけれど、それはサラも同じだった。


「めちゃくちゃ堅っ……!?」


 確かに剣は当たっていたのに、赤い猪人に傷がついたようには見えない。


「無傷か……」


 サラにはすでに攻撃力強化の支援術はかけてあるが……。

 これ以上の支援をサラに回せるほど、戦況に余裕があるわけではない。

 クラッサが吹き飛ばされた以上、赤い猪人の前にいるのはケインただ一人。


「ケイン――盾だけでいい!」


 俺の指示の意味を理解したのか、ケインは右手の剣を放り投げた。

 そして左手で構えていた盾を、両手で構える。

 そこに薙ぎ払うような形で振るわれた猪人の槍が炸裂する。


「《キュアリング》――ッ!」


 だが俺はケインに支援を間に合わせる。鈍い音が響くが、ケインはよろめかなかった。

 その手応えに、赤い猪人は眉根を寄せる。

 俊敏な動きでケインを蹴り飛ばそうとするが――その動きは読めている。


「――《ファイアースピア》ッ!!」

「風よ、《ウインドストーム》……!!」


『奇跡の縁』の魔法使いカールが放った火属性中級魔法を、『勝利の旗』の魔法使いにしてリーダーのミランダが風属性中級魔法で増幅する。

 火と風は相性が良い。お手本のような合成魔法だった。

 とはいえ、上手く火の威力を増幅させるのは繊細な魔法制御がなせる技。

 ミランダの技量は流石というべきものだった。

 これなら下層でも通用する、というレベルの技量を以て放たれた合成魔法の一撃は、赤い猪人を炎の渦に包み込んだ。轟、と凄まじい熱量が唸りを上げる。

 だが一瞬後、炎から俊敏な動きで抜け出す影。ごろごろと意図的に転がることによって体に燃え移った炎を消す。その判断は冷静だが――隙でもある。


「お、おお……ッ!」


 仕掛けたのは前衛のアタッカー組だった。


「汝に鬼神の如き力を――《アタックァーズディビルド》」


 それを見て俺は支援術を起動。

 パーティ全体の支援の割合を変更し、攻撃力を高めていく。

 三方向から肉薄したサラ、シェリル、ミーシャのアタッカー三人は各々の攻撃手段を以て敵を斬りつけ、即時離脱する。だがダメージが入っているようには見えなかった。

 ……もう少し強化の割合を高めなければ、まともなダメージが入らないのか。

 いや、これ以上攻撃に支援を回すと、今度は防御が危うくなる。時間稼ぎが目的である以上、最悪なのはタンクが崩れることだ。ゆえに支援の割合が最も高いのはタンクにならざるを得ない。支援術にも限界というものがあるのだ。

 これ以上の度合いで支援術を使えば、流石に魔力効率が悪くなりすぎる。

 今でさえ無理をしている方だ。ゆえに、魔力は急速に消費されている。このままでは十五分が限界だろうか。だが十五分持つなら、それで十分だ。

 その間に、ディートリヒが『勇気あるもの』を連れてきてくれるはずだ。

 この期に及んで連中頼りなのも情けないけれど、これが現実だ。

 俺は弱い。一人では戦えない。

 けれど、みんなが手伝ってくれる。だから今ここで戦える。


「おおっ……!」


 タンクのクラッサが猪人の攻撃を受け止め、耐えきり、さらに立ちはだかる。


「これだけ支援してもらってんだ、倒れるわけにはいかねえよ……っ!」


 赤い猪人はクラッサとケインの防御をうざったそうにしていた。けれど前衛組を狙いに向かえば魔法使いからの攻撃が飛び、後衛組にヘイトが向くと前衛組が攻撃を仕掛けに行く。即席レイドだというのになかなか上手く回っていた。

 そして――隙を見て、


「《雷剣》――ッ!!」


 身軽なサラの鋭い剣撃が、高速で迸る。


「やったっ……!?」


 僅かに。

 赤い猪人の肩口から、鮮血が舞い上がった。

 だが大技を放った分、サラ自身の隙も大きい。ギロリ、と赤い猪人の視線が向く。


「《スピーディンクリース》……ッ!」


 支援割合変更。サラの敏捷性を飛躍的に向上させ――ようとして、留める。


「ぐっ……!」


 必要なだけの強化を実行するんだ。無意味に過剰な支援をする必要はない。

 下層での失敗を思い出せ。

 それをすれば結局、俺の魔力消費が激しくなって支援術が使えなくなり、守りたかったはずの仲間に余計な危機を招くだけだ。

 アリサの顔が脳裏に過る。手が恐怖に震えた。

 それでも、

 ――わたしが、ロイドを支えてあげるんだ。

 サラの言葉を思い出す。だから目を逸らしはしない。――現実を、見ろ。


 耐えろ、我慢しろ、そして、俺が見極めたサラの力を信じろ。


 バネのように飛びずさることで、サラは何とか赤い猪人の攻撃をかわした。

 すれすれの回避。だが、サラは冷静だった。それは敵の攻撃を見極めたがゆえの紙一重だったとでも言うかのように。

 安堵の一息。だが気を抜いてはいけない。

 唯一ダメージを与えたサラに、赤い猪人のヘイトが集中する。

 しかしサラと赤い猪人の間に、タンクの二人が割り込んだ。そのまま打ち合う。

 支援の大部分を彼らに回している。よろめきはするものの何とか耐えてくれていた。


「ミランダ」

「何でしょう?」


 近くで詠唱済の中級魔法を放つタイミングを窺っている彼女に尋ねる。


「中級魔法、後何発撃てる?」

「そう、ですね……十発が限界でしょうか。魔力回復薬でもあればまた別ですが……」


 魔力回復薬は高級品だ。

 いちいち使っていたら確実に赤字となるので、遠征をする一流パーティぐらいしか購入することはない。今は俺も持っていなかった。

 それに回復すると言っても、元々、体内魔力は時間が経つにつれて空気中の魔力を吸収して回復していく――そのペースを著しく速めるだけだ。

 一気に魔力量が全回復するわけじゃない。


「分かった――撃て」

「了解です――《ウインドカッター》ッ!!」


 ミランダが放った風の刃は、タンクと打ち合っていた赤い猪人を急襲する。

 もしミランダのコントロールが悪ければタンクに当たっていてもおかしくはないが、俺はここまでの戦いでミランダの魔法制御能力を評価していた。

 ザッ!! と、風の刃は赤い猪人の剛毛を僅かに斬り刻み、吹き散らす。


「グ、モ……ッ!?」


 ようやく二撃目。

 ……あの堅い剛毛を突破するには、最低でもこのレベルの攻撃力が必要か。

 なかなかダメージは与えられない。しかし攻撃を諦めてしまえば、危機に陥らなくなった赤い猪人には余裕が出てきてしまう。それは避けたい。

 俺たちの脅威度を高く設定しておかないと強引に突破されかねないのだ。


「はぁ……ッ!!」


『奇跡の縁』の剣士、シェリルも背中に回り込んで剣を振るう。しかしダメージは入っていない。続けざまに懐へと潜り込んだサラは、口元で小さく呟く。


破神流剣術零式・・――」


 瞬間。

 赤い猪人は本能的に危機を察知したのか、巨体に似合わぬ俊敏な動作で後退しつつ体を無理やりひねった。サラはまだ動かない。その技は、溜めに時間がかかるのか。


「――奥義、《斬鉄断撃》」


 その言葉の、直後の出来事だった。

 風が、唸る。

 サラの姿が掻き消える。目にも留まらぬ速度で斬撃が迸った。

 仮にも支援術で目を強化しているというのに、捉えきれないほどの速度。

 だが、


「やっぱり、駄目だなぁっ……!」


 サラの悔しそうな声。サラが異様なまでの威圧感と共に放った奥義は、しかし赤い猪人には当たっていなかった。斬撃は空を切っている。

 直後に、勢いあまって体勢を崩したサラは俺たちの方まで転がってきた。

 少し前に出て、俺はサラを受け止める。

 軽い体だった。前線で戦っていることが信じられないぐらいには。


「サラ」

「ご、ごめん……ありがとう、ロイド」


 少しだけ白磁のような肌を紅葉色に染めて、サラは感謝を告げる。

 肩を掴んで彼女を立たせると、俺は尋ねた。


「今の技は?」

「破神流剣術の、奥義の一つ。師匠に教わったけど、まだ使いこなせないんだ……」


 確かに。

 今の技はこれまでとは比べ物にならない動きだった。

 それだけの技術が必要となるのだろう。


「わたしの体はまだ小さいから、動きの負荷に耐え切れずに狙いが乱れるんだって」

「ロベルトさんがそう言ってたのか?」


 サラの体は、まだ成熟していない。まだ成長の余地があり、恵まれた体格とは言えない。


「うん。でも――当てさえすれば倒せる自信は、ある」

「……よし」


 俺たちがこうして話している間にも戦いは続いている。

 サラの奥義によって赤い猪人の警戒レベルが上がったのか、戦況は厳しくなっていた。

 それに応じて、俺の支援術の度合いも上がっていく。

 このペースで支援を続けるのなら、後五分が限界だ。

 赤い猪人は俺たちへの警戒レベルが上がっている代わりに、これまではあった余裕がなくなっている。つまりパワーやスピードが上がった代わりに、隙が大きくなっている。

 ピンチであると同時に、今なら大技を叩き込むチャンスだった。


「サラ、状況が変わった。これじゃあまり時間は稼げない。だから――お前が決めろ」


 ふーっ、と呼気を吐き出しながら、俺は言う。

 異様なペースで魔力が消費されていき、どんどん俺の意識が奪われていくが、何とか思考力を保って戦況を睨みつける。

 サラは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに決意の表情で頷いた。


「でも、どうやって?」

「さっきの奥義、もう一度使えるか?」

「使うだけなら。けど、成功したことは一度もないよ」

「お前の奥義を、俺の支援で完成させる」


 視線が交錯する。


「体格を補うだけのパワーとスピードの強化と、命中率補正。後、これを使うとかなり魔力が減るんだが……思考速度の強化。俺の目だと、これだけのバフがあればお前の奥義は十全に放てるようになる」

「分かった……お願い、ロイドを信じるよ」


 ぼんやりと思う。

 長い旅路を経て、ある程度完成しきった勇者パーティを支援するよりも、たとえばサラのように欠陥はあるものの尖っていて、俺の支援があれば欠陥を補えるような連中を支援する方が、俺の力に合っているのではないだろうか、と。

 頷き合うと、サラは前線へと戻っていく。

 ……さて、やるべきことは決まった。

 聴覚支援によって先のやり取りはレイド全員に共有している。

 後はタイミングだ。いかにサラの奥義を当てるか、それにかかってくる。

 赤い猪人を相手に善戦していることもあり、みんなの士気が上がっていく。

 だが、その雰囲気の変化を敏感に感じ取ったのか――赤い猪人は行動パターンを変えた。


「まずい……」


 呟く。

 赤い猪人はこれまでのように攻撃を与えてきた相手を狙うわけではなく、執拗にタンクを狙い始めた。

 ――タンクが崩れたら状況が一変することに気づいたのか。

 考えてみれば、この赤い猪人は覚醒種。つまり、今ここに至るまでに少なくとも数十人を超える冒険者と戦い、勝ってきているのだ。慣れているのは当然だった。

 元々は冒険者のものであろう槍の扱いも、習熟しているように見える。

 そもそもパワーが桁違いの猪人が技術を身に着けている時点で、ひどく脅威だった。


「――《キュアリング》プラス《ディフェンストレイング》……ッ!」


 迅速に防御支援を重ね掛け。

 サラたちにも指示を出し、攻撃を仕掛けて気を引くように命じる。

 だが赤い猪人は冷静だった。

 すでにサラとミランダ以外は大して脅威じゃないと分かっているらしい。

 避ける素振りすら見せない。

 ただクラッサとケインを圧し潰すことに集中している。

 槍を突き出し、クラッサの盾で弾かせ、上から振り下ろし、受け止めた隙に脇腹を蹴り飛ばそうとする。

 辛うじてケインの盾が間に合った。

 ――しかし、


「なっ」

「おあ……っ!?」


 ミシリ、という音と共に二人のタンクは同時に吹き飛ばされた。


「がはっ……!?」


 盾を取り落としたクラッサは壁に激突し、地面に倒れ込む。ダメージは深刻そうだ。

 ケインの方は何とか立ち上がった。

 ヒーラー陣が近づいていく。遠くからでも治癒はできるが、近づいた方が効率は良い。


「く……撃て!」


 だが、代わりに射線は通った。

 魔法使い三人の中級魔法がそれぞれ赤い猪人に迫る。

 カールが放ったのは火属性中級魔法ファイアースピア

 ミランダが放ったのは風属性中級魔法ウインドカッター

 フィルが放ったのは土属性下級魔法アップリフト

 だが、タンクが前から消えて視界が開けた赤い猪人は完璧に対応していく。

 足元を崩そうとした《アップリフト》は後退してかわし、《ウインドカッター》は槍で薙ぎ払って吹き散らした。最後に迫った《ファイアースピア》は、クラッサが落とした盾を足で蹴り上げて持ち、体を大盾に隠すようにして乗り切った。

 ……厄介な。

 直撃したところで大したダメージは入らないだろうに、油断はしていないようだった。

 そしてクラッサが盾を失ったことで、タンクは実質ケイン一人になる。

 氷のような緊張感。

 その中で、赤い猪人は俺を見て僅かに笑った。

 ……まさか、このレイドを指揮しているのが俺だと見抜いたのか。

 圧倒的な威圧感。

 覚醒種の圧力に、囲んでいるはずの俺たちが気圧されている中。

 ただ、巨体を紅に染めた怪物は、地の底に響くかのような咆哮を上げた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!


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