1-10 スライム戦
――いくら強いと言っても、対モンスターの経験値に長けているわけではない。
「えっ、ちょ……何なのこれ!?」
「ふむ……」
サラがわたわたと慌てているのを眺めつつ、俺は顎に手を当てた。
彼女が相対しているのは、ぶよぶよとした水たまりのような軟体モンスター、スライムだ。
迷宮中層に出現することが多く、上層に姿を現すことは稀なのだが、三層の地理を教えていたところ珍しくも出くわし、サラは剣を抜いて斬りかかっていった。
動きは遅く、いかにも弱そうなモンスターではあるが、意外にも侮れない。強い酸性の液体を飛ばしてくるし、動きも予測がつかず、体にくっつかれると対抗手段も少ない。
また水辺にいる場合は発見もしづらく、奇襲を受ければ非常に危険だ。
そして、スライムの何よりも厄介な点は――
「――ね、ねえロイド、このモンスター、斬っても倒せないよ!?」
「だろうな」
「頷いてないで、助けてよー!」
物理攻撃が効かない点にある。
一方で、魔法攻撃にはめっぽう弱い。
サラは動きも読めず、攻撃も効かないスライムに苦戦しているようだった。
くっつかれない限りは魔法で消し飛ぶので、パーティに魔法使いさえいれば何の問題もないのだけれど、そうじゃない場合は危険な戦闘になる。
サラは確かに強いが、今のところ小鬼やコボルトなど、あくまで対人戦に近い行動ができるモンスターに対しての話だ。破神流の本質にも近い、モンスターらしいモンスターの戦闘では、やはり未熟さがうかがえる。経験が足りないなら当然ではあるけれど。
現に、動きの読めないスライムの攻撃をかわすだけで精一杯のようだった。
このままくっつかれれば、スライムが放つ液体による溶解攻撃で悲惨な目に遭うだろう。
……まあ、俺の支援術で体を防護しているから大丈夫だけれど。
この支援術は体を膜のように保護し、液体をくらった場合は分解する効力を持つ。
要は対スライムにおいて無敵の防御だ。
サラは俺の支援術の効果を知らないので逃げ回っているけれど。
実は、《リーキッドライズ》をかけられている状態なら剣を使わずに殴れば勝てる。
「うわぁっ!?」
サラは予備動作もなく放たれた液体飛ばし攻撃をかわしきれずに腕の一部にくらったけれど、俺の支援術による薄い膜がそれらを分解し、傷を負っていないのを見て、ようやく《リーキッドライズ》の効果を察したようだった。
一瞬、サラの冷たいジト目が俺を捉えたが、すぐにスライムへと向き直る。
「もしかして……」
「そうだ、本来スライムには魔法攻撃しか効かないんだが――その支援術があれば話は別だ。剣以外で攻撃すれば分解されて死ぬぞ」
「そういうことは早く言ってよー!」
うっぷんを発散しているのか、サラはがむしゃらな猛攻でスライムにたたみかける。
程なくして、スライムは小さな魔石を残して消滅した。
サラはそれを拾い、ちょっとだけ不満そうな様子で俺の方に近づいてくる。
「剣で倒す方法ってないの?」
「まあ……核の魔石を壊せば倒せるけどな。魔石を入手するためにモンスターを狩ってるのに、その魔石を壊したら意味ないだろ」
「そっか。それに、スライムの体はちょっと透明だったのに、戦闘中はどこに魔石があるのか分からなかったもんね」
「スライムは体の中で魔石の位置が自由に移動するからな。完全に位置が透けて見えているわけでもないし、剣で捉えるのは難しいだろ」
「なるほど……っていうか、支援術の効果、もっと早く言ってよ!」
「いや、魔法が使えないのにスライムにどう対応する気なのか、ちょっと見たくてな」
「うっ……わたしが外で戦ったことあるのは、小鬼と猪人だけだし……」
「へぇ。猪人を倒したことがあるのか?」
俺は驚いて尋ねる。
猪人は迷宮中層に出現する中でも、最も厄介なモンスター。
剣や槍などの武器を使う知能があり、巨体の割に動きは鋭く、連携も取る。
猪人の群れを倒せるかどうかが、中堅パーティを名乗れるかどうかの境目ともいわれている。
しかしサラはちょっと申し訳なさそうに首を振った。
「ううん。その時は倒せなくて、わたしの師匠が斬り捨てたよ」
「師匠か……破神流の?」
「うん。破神流剣術六段で、道場の師範代をやってた人」
普通は外でモンスターが発生した場合、迷宮都市から冒険者が派遣されるわけだけれど、破神流剣術六段の実力者なら、冒険者ではなかったとしても不思議じゃない。
「その師匠、名前はなんていうんだ?」
そう尋ねると、サラはとても自慢げな顔で、その名を告げた。
誇るように。
「えへへ――元冒険者、『未来を切り拓く星々』のリーダー、ロベルト様だよ!」
「な……」
絶句した。
それは、かつて俺が憧れた冒険者の名前。
冒険者の第一世代、迷宮に潜ることで冒険者という職業を確立した者たち。
当時の最強パーティ『未来を切り拓く星々』は、その筆頭だった。
俺たち第二世代の冒険者たちは皆、ロベルトが率いる彼らの背中を見て育ってきた。
今はもうパーティは解散し、リーダーのロベルトは迷宮都市から姿を消した。
とうの昔に死んだという噂すら流れていたのに……。
「……あ、これ師匠にあんまり言っちゃダメって言われてたんだった」
サラはしまったという感じの顔で呟き、直後にてへへと笑う。
「でも、ロイドだから大丈夫だよね!」
俺が大丈夫じゃないわけだが。
というかロベルトは、破神流の剣士だったのか。
当時は子供で、迷宮内についていくこともできないから知らなかった。
あの頃から現役の冒険者など、ミレイを除く『鋼の剣』の面々ぐらいしかいないだろうな。
それにしても、あのロベルトがサラの師匠か……。
俺は唐突に告げられた驚愕の真実を前に、しばらく動くことができなかった。




