1-9 破神流剣術の使い手
「……今のは」
俺は驚きで目を見開いていた。
破神流剣術・三式――《連続剣》。
そんな呟きと共に放たれたサラの剣撃は目にも留まらぬ速度で迸り、八の字を描くようにして二体の小鬼の首を斬り飛ばした。
「使わなくても倒せたけど――でも、わたしの実力を試すのが目的なんでしょ?」
サラはそう言って笑う。
その瞳はむしろ、俺を試すような色をしていた。
「お前……破神流剣術の有段者だったのか?」
「そうだよ! 驚いた?」
「まあな。――なら、あの自信も納得だ」
剣。
それは最も人気が高い武器であり、今でも大量に生産され、多くの人々が使っている。
ゆえにその扱いも千差万別。だが巧い使い方というのは当然のように存在し、それはやがて剣術と呼ばれ、世界に広まっていくわけだ。
今、世界に広く知られている剣術といえば、大きく分けて三種類ある。
一つは騎士流剣術。攻防のバランスが良く、オーソドックスな剣の術理を追求し、王国騎士団が正式採用している剣術だ。
もう一つは静嵐流剣術。これは「受け」に特化した剣術。「静」から「動」への落差が激しく、分かりやすく言えば、敵の攻撃を受け流し、自分の力に転換しながらカウンターを見舞う――そういった戦術を基本とする剣術だ。
そして最後に――破神流剣術。これは対モンスターに向いている剣術だ。特化していると言っても過言ではない。当然ながらモンスターと相対する機会など冒険者ぐらいにしかなく、習得者は冒険者に多い。とはいえ冒険者は日銭を稼ぐ傭兵稼業のようなものだ。わざわざ剣を学ぼうとする者は少なく、独学で剣を扱っている者の方が多いけれど。
破神流は最初に出回った剣術であり、その大雑把な剣よりも後に広まった騎士流や静嵐流の方が明らかに対人戦においては有用とされ、廃れそうになっていた。
だが、人間の動きが通用しないモンスターを相手にする時、大雑把なヒットアンドアウェイで動き、隙を見て強靭な一撃を見舞う破神流の有用性が見出された経緯がある。
高位冒険者のアタッカーには破神流の使い手が多い。
だが有段者となると、また話は別だ。段位を獲得するほど極める者など滅多にいない。
「破神流剣術四段。冒険者、サラ=アメジスト――それが、今のわたしだよ」
「四段……」
「えへへ、すごいでしょ!」
破神流剣術には、段位認定制度が存在する。
初段、二段、三段……と続き、術理を生み出した始祖を八段の頂点としている。
四段ともなると、相当な熟練者だ。
それ以上の段位保持者はおそらく、世界に十人といない。
……初めて見た時から、それなりの剣士であることは見抜いていたけれど、流石にそのレベルの力を持っているとは思っていなかった。俺はサラをなめていたらしい。
無邪気に笑っている眼前の美少女に、軽い戦慄を覚えた。
「……っていうか、なんでそれを黙ってたんだ?」
「だって、実演しないと信じてくれない人が多いんだもん」
……まあ確かに、口で言われるだけだと俺も半信半疑だったかもしれない。
そう言うからには、何度も疑われてきた経験があるのだろう。
ちょっと申し訳ない気持ちになってきた。
そんなことを考えつつ俺たちは小鬼三体の魔石を回収すると、戦いになると同時に地面へと放り投げたバッグを拾い、軽く砂を払って再び背負う。
戦いの時まで重いバッグを背負っているわけにはいかないので当然その辺に投げるわけだけれど、その度に汚れ傷ついてしまうのが難点だ。
滅多なことでは壊れないような丈夫なものを選ばないといけない。
「よし、先に進もう!」
「ああ。この広間の先は一本道だぞ」
「そうなんだ?」
「ああ、ここは二階層に繋がるルートの一つだからな。そのまま階段に繋がってる」
進むのはいいけれど、サラの相手になるようなモンスターはいないだろうな。
……まあ、サラは初迷宮だ。慌てて進むことはない。
雰囲気に慣れ、セオリーを知るだけでも潜った価値はあるだろう。
◇
コボルト。
凶悪そうな犬顔が特徴的な獣人型モンスターであり、知能は低い。
とはいえ仲間と連携を取るぐらいの知能はあるし、体格も大きいので小鬼よりは強く、新人冒険者が二番目に目にする魔物であり、初めて危機感を覚える相手かもしれない。
「――《連続剣》」
普通の新人冒険者なら、の話だけれど。
サラは新たなモンスターを目にしても動揺はなかった。
小鬼よりは速く重い攻撃を華麗にかわし、ものの数秒でコボルトを斬り捨てる。
数瞬遅れて、胸と首。二か所から血飛沫が迸った。
コボルトは何が起こったのか理解できず、その場で崩れ落ちる。
……またしても俺の出番はなかった。
支援術師の弱点その一である。敵より味方が強すぎる時、やることがない。
「終わったよ!」
「ああ、よくやった」
「このモンスターはコボルトってやつだよね?」
「知ってるのか?」
「特徴は聞いたことあるから。戦ったのは初めてだけどね!」
たったの一時間。
それだけで、新人があっさりと地下三階層まで踏破した。
「これから、どうする?」
「うーん……」
俺はしばしの間、迷った。
このまま先に進んでも全然構わないけれど。
今日のところは、地下三階層までをぐるりと探索して回るぐらいでいい気もする。
迷宮上層の地理は知っておくと便利だし。
そんなことを考えていると、ふとサラが俺をじーっと見ていることに気づいた。
「何だ?」
「……ロイドは、さ」
サラは珍しく、ちょっとだけ言い淀んだ。
しかし直後に首を振ると、いつも通りの笑顔を浮かべる。
「――ん。いや、何でもないよ」
「そうか……?」
別に、何でもないならいいのだけれど。
少しだけ気にかかったが、わざわざ触れることでもなかった。
「……よし。じゃあ、いったん戻って地下三階層までの地理を教えることにするよ」
「分かった!」
「地下への階段はたくさんある。だいたいの位置は覚えておくと便利だ。モンスターに遭遇しにくい近道なんかもある。パーティを組むわけだし、サラにも教えてやろう」
「へえー、それはありがたいな!」
サラはやはり、いつも通りに元気いっぱいだ。
やはり気のせいだったのだろう、だから俺は身を翻して元の道を戻った。
迷宮の地下を気にすることがないままに。




