1-11 愚者の王
スライムとの戦闘を終えた俺たちは、迷宮の地下一階層まで戻っていた。
サラの師匠がロベルトだということには驚かせてもらったが、それならサラの規格外の強さにも頷けるというものだ。
ロベルトは弟子を取ったりしつつ、王国各地で自由気ままに旅をしているらしい。
あの男らしいと言えばらしいのだが……迷宮都市に戻ってくることはないのだろうか。
「迷宮都市は次の世代に託したから、戻るつもりはないって言ってたよ」
「そうか……」
サラの言葉に、俺は頷く。
ロベルト率いる『未来を切り拓く星々』が解散を発表し、彼が姿を消す直前、「この迷宮の最深部に辿り着き完全攻略を果たす夢は、お前らに託した」との言葉を残していた。
言葉通りの意味だったのだろう。
だからロベルトは迷宮都市を離れ、一時は破神流剣術道場の師範代などをやりつつも、性に合わなかったのか、弟子に志願したサラを連れて旅していたらしい。
「だから実は、師匠からロイドの話も結構聞いてたんだよ」
「……ロベルトさんが、俺の話を?」
「うん。次の世代の中でも、俺が気に入ってる奴だ――って」
サラの言葉は、驚きだった。
思考に空白が生まれるぐらいには。
なぜなら俺は当時、冒険者の卵としては落ちこぼれもいいところだったのだから。
「俺みたいな奴に、ロベルトさんが目をかけてくれていたとはな」
「多分、才能の話じゃないと思うよ?」
「……?」
「分かんないなら、いいけど」
サラの言葉に眉をひそめたけれど、彼女に説明する気はなさそうだった。
ともあれ俺たちは何事もなく迷宮を抜け、螺旋階段を昇り、冒険者ギルドに戻っていく。
いつの間にか時刻は夕方。
帰還するパーティが多い時間帯なので、通路が少し混んでいた。
「人が多いね!」
「時間が時間だからな」
「この全員が冒険者なんだから、びっくりするなー」
新人は冒険者たちが密集していると雰囲気に呑まれそうになったりするものだが、やはりサラは例外なのか、そんな様子はなさそうだった。
あれだけ戦ってもまだ元気そうに、きょろきょろと周囲を見回している。
「カウンターに並ぶぞ。狩ったモンスターの魔石を売らなきゃならねえ」
「あ、そうだよね。じゃないとお金にならないし」
俺たちの前には、多分二パーティぐらいが並んでいるだろうか。
行列の中にパーティ全員がいるわけではないので、勘に過ぎないけれど。
魔石の換金作業は雑用ではあるが、その金はパーティ全員の稼ぎでもある。
金銭はちゃんと配分する必要があるし、メンバーに横領される危険や、ないとは思うが奪われる危険なども考えると、一人で列に並ばせるパーティは少ない。
この時間帯は混んでいるので、いったん魔石を持ち帰るようなパーティもたまにいるけれど、魔石は意外と重いのでやはりギルドに帰った時そのまま換金したいところだった。
俺とサラのバッグには、七、八個程度の魔石が収められている。
いずれも上層のモンスターからドロップしたもので、質が良いわけではないけれど、そもそも二人しかパーティがいないので稼ぎは意外と悪くない。
少なくとも数日分の食費は稼げていた。
上層にしか潜らない冒険者がパーティメンバーを増やさない理由がよく分かる。
先を目指すつもりがなければ、四人以上のパーティは稼ぎを減らすだけなのだろう。
そんなことを考えていると、急にギルド内の雰囲気が変質した。
「おい……」
「見ろよ……」
「ん? どうしたんだろう?」
サラの疑問に答えを示すように、通路を闊歩し、六人のパーティが姿を見せる。
一流パーティ独特の、場を支配する空気。
彼らの装備は傷だらけのものも多く、しかし誰もが表情も変えずに歩いていた。
――冒険者パーティ『愚者の王』。
レックスが率いる『勇気あるもの』と並んで評される一流パーティだ。
最高到達階層は地下四十四階層。
レックスたちと比べると若干劣るが、今回の遠征で更新したかもしれない。
何せ、もう一週間も戻ってきていなかったのだから。
「すごいんだね」
不思議そうにしているサラに軽く説明すると、端的な感想が返ってきた。
「一流って呼ばれるのは、その二つだけなの?」
「いや……『天空の翼』あたりも、一流とは呼ばれてるな。『勇気あるもの』、『愚者の王』と比べると若干成績は落ちるが。……後、一昔前は『鋼の剣』も一流だった」
ふんふんと、サラは興味深そうに頷いている。
「一流に近い中堅どころは、『月夜に吠える獣』とか『守護の盾』あたりか」
「ちなみにわたしたちは?」
「……底辺に決まってるだろ」
「だよね!」
何が嬉しいのか、サラは笑顔を浮かべている。
そんな俺たちのやり取りの傍で、冒険者たちはひそひそと噂話をしていた。
「《賢者》フレイザー、ようやく下層遠征から戻ってきたのか……」
「今度はどこまで到達したんだ……?」
中央を歩いているのは、くすんだ金髪に眼鏡をかけた細身の青年。
――《賢者》フレイザー。
《勇者》や《聖女》などという神の祝福を必要とする特殊職と同じように《賢者》の職業を賜っている特別な存在にして、治癒と魔法、そして指揮を同時にこなす天才冒険者だ。
そして同時に――俺とレックスの、かつての仲間でもある。
フレイザーは換金の列に並ぶ俺に気づくと、傍にいる仲間に声をかけた。
「ベン、報告は任せた。魔石の換金は僕らがやっておく」
「分かりました」
そう言って、俺の方にやってくる。
換金の列に並ぶのなら当然ではあるけれど。
「――やぁ、ロイド。久しぶりだね」
「そうだな。随分長い遠征に行ってたもんだ」
「決めていたからね」
「何を?」
「――四十七階層に到達するまで、地上に戻らないと」
その言葉は、フレイザーに注目が集まっていたこともあり、ギルド中に聞こえていた。
彼の言葉が意味するところは、『勇気あるもの』の記録を越えたということだ。
「つまり……」
「ああ、僕らは地下四十六階層を踏破し、四十七階層に辿り着いた」
ギルド内に、どよめきと歓喜の声が湧き上がる。
『愚者の王』の面々は、誰もが誇らしげな顔をしていた。リーダーの《賢者》を除いて。
「少々、外野の目が鬱陶しいな――バルド」
「おうよ! 地下四十六階層の話を聞きてえ奴は俺についてこい! 今日は奢りだぁ!」
「本当か!?」
「相変わらず気前の良い奴だぜ!」
「俺も連れてってくれ!」
「おうよ! 俺の武勇伝を聞きてえ奴は誰でも来い!」
一瞬だった。
ひときわ大きな盛り上がりを見せると、冒険者たちがバルドの背中を追っていく。
彼は『愚者の王』のアタッカー、盾剣士のバルド。
気前が良いことで有名だが、まさかあれだけの人数を引き連れて酒場に行くとは。
ギルド内が急に寂しくなったような気さえする。
「これで話をしやすくなったね」
「バルドに押し付けて本当に良かったのか?」
「何、奴も語りたがりだから喜んでいるだろうさ」
フレイザーは肩をすくめた。
その動作には、少しだけ疲労の色が見える。
地下四十七層まで潜った遠征の直後ともなれば、当然ではあるけれど。
フレイザーはそこで、俺の近くに佇むサラに目を向ける。
「それにしても、君の傍にいる少女は誰かな? 初めて見る顔だが」
「ああ、こいつは……」
俺が答える前に、小首を傾げたサラが元気よく答えた。
「わたし? わたしの名前はサラだよ!」
「……新人のように見えるが、『勇気あるもの』の新メンバーかい?」
「いいや、そうじゃない」
「……?」
俺が否定すると「なら、なぜ一緒にいるのか」という視線が向けられた。
当然の疑問ではある。
一週間前から迷宮に潜っていたフレイザーは、俺が『勇気あるもの』を追放されたことを知らないのだから。
「ロイドは、わたしとパーティを組んだんだよ」
単刀直入なサラの言葉に、フレイザーは少なからず驚きを見せる。
「へぇ……『勇気あるもの』は辞めたのか?」
「ああ」
「僕と同じだな。何だ、レックスに愛想が尽きたのか?」
フレイザーは俺と同じく、『勇気あるもの』初期メンバーの一人。
二年前にパーティを脱退し、『愚者の王』を結成して一流までのし上がってきたのだ。
この男がどれだけ賢く強いのか、俺はよく知っている。
「自分から抜けたお前とは違うさ。俺は追放された。どうやら戦力外らしい」
「お前が……?」
フレイザーは眉をひそめる。
視線が交錯し――直後に、彼はフンと鼻で笑った。
「……なるほどな、そういうことか」
「相変わらず、一人で勝手に納得するくせは治ってないんだな」
「説明する義理がないからな」
変わらない男だ。
あえて人を苛つかせるような言動をするあたりも、フレイザーらしい。
少しだけ雰囲気が悪くなり、会話が止まる。
タイミングが良いのか悪いのか、そこで俺たちが換金する順番になった。




