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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第九章
189/208

時空を繋ぐ道。決意の大魔法

 戦闘が始まると同時にアーリ、ルン、カロルはドラードの背に乗って空高く飛翔していた。

 

 先ほどまでのライコー、ラヴァイアタン、トラノスケ、キルシェットの攻撃。

 そのどれもが敵を倒すための本命である。

 しかし同時にアーリたちの動きを悟らせない為の陽動でもあった。

 

 アーリは敵に極力気づかれない高度まで飛ぶと、その高度を維持するようドラードを操りながら何が起きても対処できるよう周囲を警戒する。

 彼女と背中合わせになっているルンは僅かな変化も見逃さないようリューと共に周囲に目を光らせる。

 そして彼女らに挟まれ腰に縄を結び付けて騎竜に固定されたカロルは、作戦開始からずっと目を閉じただひたすらに呪文を詠唱し続けていた。

 

「『雲よ来たれ。雷を呼べ。嵐を起こせ』……」

 

 カロルは自身の一族が持つ特殊性、本人の才覚、そして弛まぬ努力により現段階で既に大人顔負けの魔法使いである。

 

 通常、魔法を使用するには呪文の詠唱が不可欠だ。

 だが彼は自身の使用できる魔法を例外なく詠唱無しで使用できるように修行している。

 そんな彼が魔法をより強力にするためにいつも以上に魔力を込めて詠唱している。

 さらに複数の魔法を準備、制御するとなれば、それらを維持する事にのみ集中し、それ以外を疎かにせざるを得ない。

 

 アーリとドラードは己の役割を無防備になるカロルを守るための足であると定めた。

 そしてルンとリューはアーリたちの目であり耳であると定めた。

 それはライコーたちに比べて攻撃面で役に立てないアーリとルンが下した冷静な判断の結果だった。

 

 アーリの槍、ドラードの攻撃、ルンの鞭、リューの攻撃。

 これらはあの鎧人形に対しても、瘴気の沼に対しても、窓の無い塔に対しても有効打を与える事は出来ない。

 この事実を彼女らは悔しさと共に受け止め、そうであるが故にカロルの補助に全力を尽くすと決めていた。

 

「『太陽の輝きはすべてを照らす。月の輝きはすべてを包み込む』……」

 

 幾つもの魔法の詠唱が幼い少年のやや高めの声で紡がれる。

 

 本来、独立しているはずの複数の魔法。

 その全てがたった一つの魔法として少年の手で作り替えられていく。

 

 彼の所業は同じ職業の人間が見れば卒倒するか顎が外れるほどに驚くかというほど無謀な試みであった。

 既存の体系の魔法とは既に完成された物であり、それをアレンジするというのは未知の領域なのである。

 

 本来なら腰を据えて理論からまとめなければならないものだ。

 補足すれば『既に完成した体系のアレンジ』そのものはありふれた行為とも言えるため、研究する者は多い。

 しかしそれを『ぶっつけ本番』で、しかも『生死を賭けた戦闘でやろうとする者』はいないのだ。

 

 分の悪い賭けという言葉では収まらない。

 並べて制御する複数の魔法がいつ制御を離れて暴走するかわからない、命綱無しで綱渡りするようなもの。

 

 しかしそうでもしなければ自分の魔法は通用しないと、カロルはそう確信し、だからこそ。

 ここで『己の限界を超える覚悟』を決めていた。

 

 一緒に旅をするようになって、兄のように慕うようになった青年。

 己の一族にとって恩人とも言える青年。

 彼が瘴気に飲み込まれる姿をカロルは鮮明に思い出す。

 

「(あの時、僕は助けるどころか、何もできなかった……)」

 

 無力さを噛みしめ、少年は自らの中にある激情を力に変えようとしていた。

 

「(タツミさん。助けるから……絶対に助けるから!!!)」

 

 その猛りが功を奏したのか、カロルは自分が思い描く魔法を完成させつつある。

 しかしその力を見過ごすほど敵も甘くはなかった。

 

「気づかれたっ!」

 

 人形が、尋常ではない魔力に反応して地上からでは豆粒にしか見えないだろうアーリたちに拘束されたまま視線を向ける。

 その視線に宿る敵意をルンとリューは敏感に察知していた。

 

「ドラード、ここからが正念場だ!!」

「ガァッ!!」

 

 騎手の声に応え、ドラードが強く羽ばたく。

 

「『地の底より轟け、鳴動』」

 

 揺れる騎竜の背にあってがっちりと固定されたカロルは、状況の変化に気づくことなく呪文の詠唱を続ける。

 

「この子を守り、タツミを助ける!」

「ええ、私たちに出来る事を!」

 

 自らを鼓舞するようにアーリとルンは声を張り上げる。

 

 大繩による拘束を未だに解けず、目の前の炎と光の砲撃に対して瘴気の壁を張り続けている人形はその場に釘付けと言っていい。

 

 しかしその意思を受けて今も尚、都市部を飲み込み広がり続ける瘴気の沼は、人形が感じた脅威に向けて動き出す。

 

 キルシェットを追尾していた無数の腕もまた、その標的をアーリたちに変えていた。

 沼から新たに手が追加され、その速度が上がった事からカロルの魔法を脅威と見なしている事が窺えるだろう。

 遥か上空からさらに距離を取ろうと羽ばたくアーリたちとの距離はあっという間に縮まっていった。

 ドラードの速度では腕の群れを振り切る事が出来ないのだ。

 

「させませんっ!」

 

 ターゲットから外れたキルシェットは愛用のナイフで『斬空』を乱れ打つ。

 彼の攻撃は、どこまでも伸びる無数の腕を半ばから断ち切る事に成功していた。

 しかし切り取られた腕は即座に再生し、わずかに速度を落としたものの勢いを殺す事はなくアーリたちへと伸び続けた。

 攻撃してきたキルシェットには見向きもしない。

 カロルから感じ取った力をそれだけ危険視しているのだ。

 

「前から10、後ろから7、後方右下から13、右上から9っ!」

「了解!」

 

 ルンがリューと感覚を共有して把握した敵の攻撃。

 その指示を元に出された騎手の意を忠実に受け取り、ドラードは己を捕まえようと伸びてくる黒い腕の群れから逃れるように飛ぶ。

 

「時間差で左上方から9っ!」

 

 速度でこそ負けるものの、騎竜の空中機動は息の合った騎手のお陰で変幻自在。

 そして全方位の攻撃を把握するルンとリューの存在もある。

 

 空中を縦横無尽に舞う彼らは持てる技術と能力を駆使して黒ずんだ瘴気の腕を回避し続けた。

 魔法の制御に全神経を集中しているカロルは宙返りや逆さまでの飛行が行われても反応しない。

 浮き上がりかけた彼の体は腰の縄と後ろに座るルンが鞭で固定する事で落ちないようにされている。

 

「そのまま上へっ!」

 

 高度を上げ、距離を取るべく飛翔するドラード。

 追いすがる腕のいくつかはキルシェットが斬空で切り落とすものの次々と迫る腕の数から見れば焼け石に水にしかならない。

 遠からずアーリたちは腕の群れに捕まってしまうだろう。

 

「させませんっ!」

 

 しかしその結末を否定する為の一手が放たれる。

 

 迫る腕とドラードの間に無数の何かが滑り込む。

 それは紙で出来た鶴の群れだ。

 オイチの術によって操作された折り鶴が無数の腕に果敢にも突撃。

 腕そのものが分裂し、沼からぞくぞくと増える瘴気の腕とそれに勝るとも劣らぬ数の折り鶴がぶつかり合う。

 真っ白な鶴は墨でも零したかのように黒く染まって崩れていった。

 だがそれでもアーリたちを狙った進行は緩み、彼女らはその隙に乗じて大きく距離を開ける事に成功していた。

 

 そして空中で静止する騎竜の背で、カロルの魔法が完成する。

 

「『完成せよ、……無二の力、僕だけの魔法!』」

 

 彼の魔力によって作り出された黒雲が、急速に空を埋め尽くした。

 鶴の群れを駆逐した腕がカロルたちに迫る。

 

 だがそれよりも早く黒雲が無数の稲妻を吐き出した。

 稲光が黒い腕を瞬く間に蹂躙し、次いで起こる爆音が空間を破砕する。

 街そのものを押し潰す事も可能だろうほどの数だった腕の群れは跡形もなく消滅した。

 

 しかし魔法の効果はそれだけでは終わらない。

 暴風が渦を巻き、荒れ狂う風の間を縫うように雨粒がまるで水流のように奔る。

 風と水の合わせ技が地上にある瘴気の沼へと叩き込まれる。

 

 かまいたちと高水圧の水によって切り刻まれた瘴気の沼は、まるで悲鳴を上げるかのように鳴動した。

 

 その鳴動すらも封じ込めるかのように切り刻む水流は急激に冷え、触れている瘴気を巻き込んでその場で凍結していく。

 街に広がる瘴気すべてがあっという間に薄水色の氷の中へと閉じ込められていった。

 

 カロルがその小さな両手を胸の前で叩く。

 その行為が合図だったのだろう。

 黒雲が散り、彼の魔力によって生み出された小さな太陽が、本物と同様の存在感をもって出現する。

 

 太陽は少しずつ下降しながら、暴力的な熱量をもって街を照らし、次の瞬間。

 灼熱の光線が氷ごと瘴気を貫いた。

 

「アァァァァァァァァアアアアアーーーーーッ!!」

 

 カロルの魔法による蹂躙によって何らかの影響を受けたのだろう漆黒の鎧はその場で絶叫した。

 まるで痛みを堪えきれないというような甲高い声のような何かを発する人形。

 それは瘴気への攻撃が人形へのダメージになっている事を示していた。

 

 人形は今までよりもずっと強い力で縄を引き千切らんと吼え立て暴れ狂う。

 

「気が逸れたっ!」

「好機っ!!」

 

 ライコーとラヴァイアタンはその隙を逃さない。

 全力にさらに上乗せするように光線に向けて力を振り絞る。

 

 そんな彼らを包み込む優しい光があった。

 

 疑似太陽のさらに上。

 そこにはまるで夜空の中にあるかのように輝く『カロルの作った月』があった。

 

 月の光はカロルが仲間と認識している者たちに後押しする力を与える。

 あらゆる強化魔法を内包した光によってライコーとラヴァイアタンの放つ炎と光の砲撃は、彼らが想定した以上の力を持った。

 その力は先ほどまで拮抗していた瘴気の壁をぶち抜き、ちょうど縄を引き千切った人形を直撃する。

 

 為す術なく光の奔流に飲み込まれた人形は、幾つものビルを巻き添えにして吹き飛んでいく。

 その先にはカロルの作った太陽が待ち受けていた。

 

 鎧は体から瘴気を噴出し、吹き飛ぶ勢いに逆らおうとする。

 しかしそれよりも太陽に着弾する方が速かった。

 

 人形が激突した太陽は激突した衝撃など意に介さず下降を続ける。

 下降した先にあるのは、街の地面であり侵食している瘴気の沼だ。

 

「『終わりをここに。日は地に落ち、月は空へ昇る』」

 

 疑似太陽はカロルの言葉を受けて下降の勢いを増す。

 月はその薄透明の光を強め、戦場を照らし続ける。

 

 人形を巻き込んだまま、太陽は瘴気の沼へと落ちていった。

 

「『日の華を咲かせ、完成せよ!』」

 

 太陽が内包していた魔力が瘴気の沼に飲み込まれながら爆発。

 魔力の使い過ぎでふらつき汗だくになったカロルは、この大魔法が中にいるタツミを助ける一手となる事を切に願った。

 

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