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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第七章
128/208

分散

「天候を司るとは言っていたが、まさかこれほど自由自在に操るとは……」

 

 まさに瞬間的に切り替わった山の天気。

 明らかに自然な変化ではないそれをタツミはミストレインの仕業だと確信していた。

 

 現在、彼は2メートル先すら見通せないほどの吹雪に見舞われている。

 風が吹き荒れ、異様に硬い雪が降り注いでいる中では仲間の無事を確認する事などとても無理だろう。

 

 吹雪や雷の音が声を覆い隠し、視界は吹きすさぶ雪に埋め尽くされてしまう。

 ミストレインほどの巨躯ならば影くらいは視認出来るが、人間の姿を確認するにはお互いにすぐ傍まで近づかなければ不可能だ。

 

 そう、タツミを除いて。

 

「(周辺のマップ表示機能が便利すぎる……)」

 

 一番近いキルシェットの元に駆け出しながら胸中で呟く。

 上空という空を飛ぶことが出来ない人間が、視界の悪さなどの悪条件を無視して俯瞰的な視点で仲間の位置と敵の位置を把握出来るというのは、とてつもない恩恵だ。

 

「(とはいえ視界は悪いし、風に邪魔される、積もる雪に足を取られるでいつも通りにはとても動けない。早いところこの状況を打破しないとジリ貧だ)」

 

 引っ切り無しに落ちる雷は明らかにタツミを狙い打ちしてくる。

 天候の善し悪しのみならずその天候の中で何を起こすかなどの細かい操作すらも、ミストレインは可能なのだという事実。

 戦闘領域を完全に支配化に置かれたといっても過言ではない。

 

「キルシェットッ!!」

「えっ? わぁっ!?」

 

 吹雪の中で精一杯、周囲を警戒していたキルシェットの腕を取りつつ、タツミは走る速度を上げた。

 つい先ほどまで彼らがいた場所にはこれでもかという落雷と岩と言っても過言ではないほどの大きさの雹が降り注ぐ。

 

 背後で聞こえる物音で何が起こったかを察したのだろうキルシェットはさっと顔を青くした。

 

「あ、ありがとうございます。タツミさん!」

「ああ。だがこの視界の悪さは厄介だぞ」

「はい、本当に。見えないのもそうですけど声も聞き取りづらいし、どういうわけかタツミさんたちの気配も辿り難くなってしまって、とにかく動かずに周りを警戒してたんですけど」

 

 逸れないように掴まれてていた腕を自分から握り直しながら、キルシェットは自身の状態を報告する。

 

「どうやら動かないのは悪手のようだぞ。今のを見る限り、あちらはいつでも天候の力でこっちを狙えるようだからな」

「そうみたいですね。……タツミさんが引っ張ってくれなかったら危なかったです」

 

 自身が雷と雹に打たれる様を想像し、身震いしながらも彼はタツミと併走する。

 互いに1m程度しか離れていない。

 それでもお互いの顔が視認できず、声も意識を集中させなければ聞き逃してしまいそうになる事から今の状況がどれほど悪いかがわかるという物だろう。

 

「このままじゃ各個撃破されて終わりだ。どうにかしてオイチとトラノスケと合流するぞ!」

「はい!」

 

 彼らの行動方針が決まったタイミングを見計らってか、黒雲が腹に響く音を立て始める。

 次の瞬間、何度目かの落雷が彼らの元に降り注いだ。

 同時にいつの間にか用意されていた魔力弾の群れによる弾雨までもが放たれる。

 一片たりとも逃げる隙など与えないつもりである事が窺える。

 

 しかしそんな絶望的な攻撃を前にしてもタツミは冷静に行動を起こした。

 

「フンッ!!」

 

 自身の頭上目掛けて刀身を上に向けた刀を放り投げる。

 急速な勢いで上空に飛翔する刀は落雷を受ける避雷針となり、稲妻のすべてをその身で受け止めた。

 

 さらに左手に構えていた火縄銃を迫り来る魔力弾の群れ目掛けてぶっ放す。

 放射状に広がる魔力光線が魔力弾を掻き消す事で無効化した。

 

「ギシャァアアアアッ!!」

 

 攻撃に対処して一安心したのもつかの間。

 魔力光線によってタツミたちの位置を正確に把握したミストレインは、狙いを定めた魔力光線をその口内から放った。

 武器を手放したタツミを正確に狙った光線が襲う。

 

「タツミさん!!」

「『発勁』ッ!!」

 

 悲鳴のようなキルシェットの声が鼓膜を揺らすのにも構わず、彼は掌からエネルギーの奔流を放つ。

 発勁に火縄銃ほどの威力はない。

 だがしかし光線の狙いを僅かに逸らせる事は出来た。

 発勁を放ちつつも光線を逸らした方向と逆側に飛び込むことでギリギリで光線を回避する。

 光線の熱波によって肌がじりじりと焼けるが、直撃するよりも遥かにマシな結果だ。

 彼は地面を転がりながら即座に立ち上がり、ミストレインの次の攻撃に備える。

 

「大丈夫ですかっ!?」

 

 キルシェットは肉の焦げた嫌な匂いを漂わせるタツミの傍に駆け寄った。

 

「大丈夫だ。それよりも走れ、キルシェット!! あっちにいるトラノスケと合流しろ」

 

 タツミはマップ機能で把握しているトラノスケのいる方角を手で指し示す。

 狙われているタツミの元を離れるべきか、敵の狙いを分散する為に残るべきか逡巡する。

 しかしそれも一瞬の事だ。

 

「わかりました! すぐにトラノスケさんと戻ってきますから!!」

 

 自分一人が残ったところでタツミの手助けは出来ないと現実的に判断し、心をもたげる悔しさに蓋をしながらも彼が指し示した方向に駆け出した。

 

「ああ! 行け!!」

 

 お互いに別々の方向に駆け出す。

 タツミはマップで確認したミストレインのいる場所へ向かい、キルシェットは離れ離れになった仲間たちの下へ向かう。

 しかしそれを黙って見逃すほど敵も甘くはなかった。

 

 

 

「……」

「っ!?」

 

 駆け出したキルシェットの前に現れたのは薄汚れたボロボロのローブを被った何者か。

 いつから現れたのかわからないその存在に警戒心を強めるキルシェットだったが、それよりも敵の行動の方が早かった。

 

「うっ!?」

 

 ローブの下に隠れていた右手が突き出される。

 その手に僅かな白刃の煌きを見て取ったキルシェットはナイフでその攻撃を受け止めた。

 ローブの人物が突き出した物は妙にごつい幅広の短刀だった。

 

「誰だっ!?」

 

 キルシェットは襲撃者を問いを投げかけながらカウンターで右の蹴りを放つ。

 

「びくともしないっ!? うわっ!?」

 

 だがそれはあちらの左腕であっさりと止められ、そのまま足を掴まれ無造作な手つきでまだ成長期にある少年の身体を頭上高く放り投げた。

 

「くっ!?」

 

 キルシェットは空中で体勢を立て直し、全身を使って音もなく着地。

 既に吹雪によって遮られてしまった視界に視線を巡らせ、精一杯気配を探る。

 敵の気配は目の前にあっさりと見つかった。

 

 キルシェットは攻撃されることを警戒し、いつでも対処できるように身構える。

 しかし敵はいつまで待っても攻撃してくる事がない。

 気配にもまったく動きがない事から、彼は敵がその場に佇みこちらの様子を窺っているのだと察した。

 

「(でもなんでそんな事を? ……まさか僕をトラノスケさんとオイチさんと合流させないため?)」

 

 思い至った推測を検証する為、キルシェットはタツミが指し示した方角から離れるように走り出す。

 すると敵は遠ざかる彼を追うように動き出した。

 しかし動きはキルシェットと一定の距離を保つようにしており、思うように移動させないよう牽制する意図が読み取れる。

 

「(やっぱり目的は足止めみたいだ。タツミさんはこうしている間にもミストレインさんと戦ってる。急がないと……でもどうすれば? 足止めに集中している暫定自分よりも強い相手をどうやって出し抜けばいい?)」

 

 視界が極端に遮られて撒くことは難しい。

 状況は刻一刻と変化し、タツミが示してくれた方角に今もトラノスケがいるのかすらも怪しくなっている。

 この吹雪の中、敵を無視する為に遠回りをしていては方角を見失ってしまうだろう。

 

 出来る選択肢は実質、一つ。

 『阻む敵を出し抜いて先へ進む』だけだった。

 

「行くしかない!」

 

 両手にナイフを持ち、キルシェットは正面にいる敵の気配目掛けて駆け出す。

 1メートルとない距離でようやく視認する相手の姿は、両手に逆手で握ったナイフを構える姿だった。

 

「ウァアアアアッ!!」

 

 キルシェットが吼えながら右手のナイフを水平に突き出す。

 逆手に構えられたナイフで敵が受け止められ、お返しとばかりに受け止めた手と逆のナイフがキルシェットの胴体に向けて下から上へ振り上げるように振るわれる。

 

 キルシェットは自身に迫る刃を前に、しかし避けようとはしなかった。

 むしろさらに前へと踏み込んでいた。

 

 結果、伸ばしきった腕から振るわれる横薙ぎの一撃がキルシェットの身体に届くよりも速く彼の身体が敵に密着する。

 同時に突進の勢いを利用した左手のナイフがローブを貫いた。

 

「っ!!(手応えがない!)」

 

 柄を通して感じられたのは布のみを切り裂いた感触だけ。

 そう理解した瞬間、キルシェットの右手はまたしても目の前の何者かの枯れ枝のように細い手によって無造作に掴まれていた。

 

「……」

 

 さらに敵は無造作な手つきで彼の身体を放り投げられる。

 筋力があるとは到底思えない細い腕でありながら、やや小柄とはいえ少年の身体を片手で頭上高く放り投げたのだ。

 明らかに普通ではないとわかる。

 

「離さない!!」

 

 しかしキルシェットは投げ出された腕を掴み返し、さらに引き寄せるように引っ張った。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に踏ん張ろうとした敵の力すらも利用し、彼はローブの敵へ抱きつくように身体を密着させる。

 そしてそのまま片手を押さえ込んで地面へと敵を押し倒した。

 

「はぁっ!!!」

 

 逆手に構えたナイフを抱え込んだ敵の頭部へと突きたてる。

 肉を貫いた確かな感触に、キルシェットは顔を歪めながらも容赦は出来なかった。

 敵に情けをかけているほどの余裕はない。

 倒せるチャンスを逃せば、それは自分だけではなく今も戦っている仲間をも危険に晒すのだから。

 キルシェットはさらに深くナイフを突きたて、抉るようにナイフの柄を捻る。

 

 そこまでしてようやく密着していたキルシェットの身体を引き離そうとしていたローブの人物の力が抜けた。

 

「っ、はぁ……はぁ……。なんとか、倒せた」

 

 彼は大の字になって動かなくなったローブを一瞥する。

 

「っと。まだ終わってないんだ。急がないと」

 

 ほんの僅か息を整える間を取ると彼は走り出した。

 仲間たちを助ける為に、自分に出来る事をする為に。


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