決着
アーリたちが三つ目の基点へ飛翔している頃。
ライコーとルンは満身創痍の状態でメデューサたちと対峙していた。
2つ目の基点が破壊された事で、メデューサの表情からは既に余裕が消え去っている。
基点による力の供給の半分以上を失った敵の放つ光線の威力は、見るだけでわかるほどに弱体化していた。
罠も既にその機能を停止している。
基点を失った事で瘴気によっての侵蝕が一気に進んだらしく、牛の怪物は残っていた理性や知性を失ったただの巨大な暴れ牛と化していた。
これだけを見れば戦局はライコーたちに傾いたように思えるだろう。
しかし弱体化したとはいえ石化を伴う攻撃が脅威である事は依然として変わりない。
自力で石化を無効化できるだけの魔法抵抗力を持っているライコーは問題ない。
しかしルンには意識せずに石化を無効化できるほどの抵抗力はない。
よって彼女は弱体化していても、メデューサの『石化の視線』に常に気を配らなければいけなかった。
気合を入れてその視線の魔力を弾かなければならなかった。
ライコーはそんなルンの傍に常に召喚獣を一体同伴させ、自身はカトブレパスと対峙する。
しかし暴走状態である怪物は、敵味方の区別がなくなった代わりに本来理性や知性で無意識に抑えられているべき力の全てを解放していた。
その攻撃が一発でも直撃すればライコーの身体を粉々にしてしまうだろう。
そして痛みを感じ取る機能も吹き飛んでしまったのか、攻撃を受けてもまったく意に介さない。
一瞬でも気の抜けない相手である事に何の変更もないのだ。
「う、ぐっ……」
呻き声を上げながら、それでもふらふらと足で立つ。
ライコーの身を守る武装はその大半が破損していた。
腕を保護するべき手甲も、蹴りの威力を高める足甲も、動きを阻害しにくいよう専用に調整された鎧もかろうじて身体に張り付いているような有様をしている。
カトブレパスの攻撃を受ける度に、装備が削り取られていった結果だ。
「はぁ……はぁ……」
俯き加減にか細い呼吸を繰り返し、体中から汗を噴出させながらルンはその手にある鞭を離さない。
何度と無くメデューサの髪蛇どもからの攻撃に晒され、時に石化の視線をなけなしの抵抗力と意志によって跳ね除ける。
そんな事を続けていればルンにかかる負担は強大になる。
精神的にも肉体的にも。
今、彼女がこうして立っていられるのは彼女の相棒であるリューがその負担を僅かに肩代わりしている事とライコーが傍に置いたシルフの支援のお蔭だ。
「グルルルッ!!」
狂気によって暴走しているカトブレパスは、自身の身すら省みない攻撃を繰り出した事でその肉体は瓦解寸前だった。
それでもルンとライコーへの敵意は揺らがず、凶悪な咆哮を上げる。
「うふふ、ぁははは……そぉ、ろぉ、そぉ、ろぉ……死んでぇええええええ!!!」
基点を2つ破壊された事が引き金になり、瘴気によって形作られた身体を持つメデューサは完全に狂気に飲み込まれていた。
「うぁ!?」
「あぐっ……」
その金切り声その物が魔力を帯び、鼓膜を震わされた2人はとてつもない不快感と共に視界が明滅する。
「か、身体が……っ!?」
「これ、石化じゃないぞ。くっそ!!」
突如、重くなった身体に2人は驚き動揺した。
彼女らの身体は声に乗せられた呪いを受けて動きを縛られてしまったのだ。
カロルがこの場にいれば魔力の糸のようなものが2人の身体に絡み付き、その動きを制限している事を感知できただろう。
そしてその隙を感じ取ったのか、はたまたタイミングが良かっただけか。
「ブルォオオオオオッ!!」
狂牛がその巨躯を利用した突進を繰り出した。
「イフリートォッ!!」
動けない身体に顔をしかめながら、ライコーは己の召喚獣の名を叫ぶ。
その意図を受け取った炎の精霊は瞬時にライコーとルンの前に仁王立ちし、迫り来る突進攻撃をその逞しい身体で受け止めた。
「ブルルゥっ!!」
「……っ!!」
突進の勢いで踏ん張ったイフリートの足は地面に沈み込む。
しかしそれ以上に押される事はなく、突き出された牛の角を両手で握り締めてその場に押し留める事に成功した。
「う、ぉおおおああああああ!!」
ライコーは鉛のように重くなった身体を気迫で動かす。
イフリートの肩を掴み、その頭上を飛び越える。
勢いのままに放たれた跳び蹴りが、精霊と向かい合っていたカトブレパスの一つ目に突き刺さった。
「ブギィイイイイイ!!」
グチャリという異音と共に眼球が潰れ、牛の化け物は悲鳴を上げる。
だがイフリートの巨躯の後ろから出てきてしまったその瞬間、ライコーはメデューサの攻撃の格好の的となってしまった。
「ハァァ……」
複数の髪の蛇が伸び、前に出たライコーに絡みつく。
そしてその四肢に噛み付き、メデューサの方へと引き寄せながら地面へと叩き落とした。
「ぐっ!? くっそ」
足元に転がった獲物にメデューサは嘲笑を浮べながら口を開く。
顎が外れんばかりに開かれ、口内に紫色の光が収束し始めた。
「させ、ないわよっ!!」
痺れた体を無理に動かし、ルンはその手の鞭を振るう。
無理やりひねり出した一撃は、威力こそ普段の一撃に遠く及ばない。
しかし彼女とてそれは重々承知だ。
鞭は狙い通りにメデューサの頭部に命中する。
「そ、れッ!」
同時に彼女は絡みついた鞭を持ったまま後ろに勢い良く倒れ込む。
「グゥッ!?」
雪の積もった地面に倒れこみながら引っ張った力で、ルンは光線をライコーから僅かに逸らすことに成功した。
「ウゥ、マタ邪魔ヲシテェエエエ!!」
怪物は丈夫な鞭を腕力だけで引きちぎりながら、金切り声と共にルンを睨みつける。
「あら、私が目障りなの? それは結構。邪魔した甲斐があるってものよ」
挑発的に笑いながら軽口を叩くルンに、殺意に満ちた血走った目を向けるメデューサ。
彼女が何か行動を起こそうとしたその時。
身体から溢れ出ていた瘴気が途切れた。
同時刻、最後の基点をカロルが壊していたがその事に真っ先に気付いたのは。
「っ!?」
メデューサが驚愕に目を見開いた瞬間、彼女の足元に倒れていたライコーが蛇を引き千切って立ち上がった。
「うぉおおらぁあああ!!」
既に装甲のない右拳が瘴気の加護を失った怪物女の顎を捉える。
「ノームッ!」
拳の衝撃で浮き上がったメデューサの身体に瞬時に形成された巨大な土くれの拳が叩き込まれる。
悲鳴を上げる間を空けず、飛び上がったライコー。
その足はノームの魔力が込められた土が纏わりつき、鋭い槍状に変化していた。
「貫けぇっ!!」
両足揃えた蹴りが倒れ伏したメデューサの身体を刺し貫く。
「ギァヤァアアアアアアアアッ!!!」
絶叫が轟く。
イフリートがカトブレパスの巨体を頭上へと放り投げた。
同時にその両腕から放たれた炎が渦状に広がり、放り投げられた怪物の身体を包み込む。
「ブルァアアアアアッ!!」
炎に巻かれた化け物の苦悶の叫び声が上がる。
弱体化したカトブレパスはイフリートの炎によって燃やし尽くされ消え失せていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ライコーは膝に手をつき、目の前で絶叫を上げた姿勢のまま絶命しているメデューサを睨みつける。
蹴りには確かな手応えを感じていた。
だがしかし瘴気を帯びた存在のタフネスの凄まじさを知っている彼女は、いまだ気を抜くことが出来なかった。
そして彼女の考えは正しかったとすぐにわかった。
胸部から腹部にかけて貫かれたメデューサの身体がばらばらになったのだ。
否、ばらばらになった身体はその全てが小型の蛇に変じていた。
「まだ、やるのかよ(まじい、身体が動かねぇ……)」
警戒していたお蔭で蛇に反応する事は出来た。
しかし彼女の震える身体は思うように動かず、口を大きく開く蛇の群れを睨みつける事しか出来ない。
「リュー!」
魔物使いの相棒が放つ風の息吹が飛びかかろうとした蛇を吹き飛ばす。
「しつこい女は嫌われるわよ!!」
無事だった鞭が地面を奔り、一匹だけ色が違っていた蛇を打ち据えた。
「ギィっ!?」
「止めッ!」
のたうつ蛇を彷彿とさせる鞭が何度となく色違いの蛇を打ち、鱗を砕いて肉を潰し、その息の根を止めるまで滅多打ちにする。
数秒の間の後に残ったのは、動物だったと思われる残骸のみだった。
頭と思われる蛇が殺された事で、吹き飛ばされただけで生きていた蛇たちは四方八方に逃げ去っていく。
「……」
「……」
静寂が辺りに広がる。
無言のまま周囲を警戒するルン、ライコー、イフリート。
やがて彼女らが良く知る声が空から降りてきた。
「無事かっ!!」
降りてきた声の主たちはすぐにルンたちの眼前に着陸した。
「カロル、アーリ、ドラード……」
ライコーは3人の名前を呟き、安心したように笑った。
そして緊張の糸が切れてしまったらしく、膝から崩れ落ちてその場に倒れこむ。
イフリートとシルフはライコーの意識が途切れた事で現界出来なくなって消えた。
「ライコー!」
最も近くにいたアーリが倒れこむ直前の彼女を抱き留める。
「大丈夫、俺はまだ平気……」
気絶するように眠りに落ちたライコーに3人は一斉に安堵のため息を漏らした。
瘴気に塗れたメデューサは、彼女らの手によって討伐されたのだ。




