前途多難の出立
翌日。
誰よりも早く起きたタツミは荷物の奥に放り込んでいた念信球を取り出す。
僅かに魔力を込め、手の水晶球が淡く輝くことを確認し、声をかける。
「ギルフォード、いるか?」
返答を待つ為に口を閉ざす
しかし相手の声はタツミが思っているよりもずっと早く返ってきた。
待ち時間など5秒にも満たなかっただろう。
「お前たちがヴォラドを出て十数日程度ぶりだな、タツミ。私の予測では既に故郷に着いた頃だろうと思っているのだが……何かあったのか?」
前置きも何もなく用件を求めるギルフォード。
ぶれない彼の性格に安堵に近い苦笑いを一つしながら、タツミは話を切り出す。
「ああ。推察通り俺は今、故郷にいる。しかし問題が幾つか発生していてな。それについて報告したくて連絡した」
「……ギルド長の耳に入れておかなければならない事項という事か。良いぞ、さっさと話せ」
タツミは村の住人が全てメデューサによって石化させられていた事、そのメデューサが瘴気によって強化されている事、天候を司ると自称するようなドラゴンまでもが瘴気によって身動きが取れない状況にある事、そして自分たちがそれらの討伐に向かう事
パーティ間で決めた事のすべてをギルフォードに話した。
「またしても厄介事か。お前の周りは本当にどうなっているんだ」
「俺に聞かれてもな」
「はぁ……。まぁいい。こちらから出来うる限りの手回しをする。幸いにもノーダリアのギルド長ならば私とは親しい間柄だからな。私の言葉ならどんな突拍子の無い事でも一考はしてくれるはずだ。それでも対応するには時間がかかる。おそらくお前たちが失敗した際の後詰めをまとめるくらいで精一杯だろう。……だからなんとしてもお前たちが仕留めろ。そして生きて帰ってこい。無論、お前の仲間も含めて全員でな」
その愚直なまでに真っ直ぐな言葉に、タツミは背中を押してもらったような気分になる。
この男の歯に衣着せぬ物言いは時にどんな言葉よりも強い励ましになるのだ。
正直、彼は不安を抱いていた。
彼自身にではない。
仲間たちが死んでしまわないかという不安だ。
これまでも何度となく危険な事をしてきた。
しかし今回は最悪の場合、今までと比較に出来ないほど危険な戦いとなるだろう。
死なせたくないという思いが彼を不安にさせていた。
「ふん。お前の声がいつに無く弱々しい事に私が気付かないとでも思ったか? 舐めるなよ、この程度の事は顔を見ずとも読み取れる」
「あー、さすがだな、と言っておこうか」
呆れたという調子の彼に、タツミは頬をかきながら心中を完全に読み切られた照れ隠しに茶化す。
「まったく……。共に戦う仲間をただ思いやるばかりでどうする。敵が強大であるのならばこそ、仲間を信じて背中を預けろ。それなりに長い間、共に過ごしてきた相手にならそれが出来るはずだ。逆にそんな大前提が出来ないのならば、お前は仲間を信頼していないと言う事になると知れ」
「……肝に銘じておく(まったく持ってその通り、か。相変わらず人が無意識に目を逸らしているところをズバズバ突いてくるやつだ)」
厳しい言葉にタツミは真剣な顔で頷いた。
「ありがとう、ギルフォード(あいつらは俺がフォローしなければならないほど弱くない。あいつらは俺を信じてくれる。なら俺も信じるだけ、だな)」
「礼は言葉でなく結果で示せ。生きて帰るという結果でな」
「はははっ! ああ、任せておけ」
少し振りの友との会話は、タツミの不安を決意へと昇華させるという最上の結果をもたらしていた。
タツミとの会話を終え、執務室の椅子に背を預けるギルフォード。
彼の視線は早朝と言って差し支えない時間にも関わらず傍に控えていた秘書官『ミストレイ』に注がれていた。
「一応、確認なのだがミストレイ。君はタツミの話していた天候を司る竜『ミストレイン』とは何の関わりもないと考えて良いのかね?」
疑惑ではなく確認という調子のその言葉に、ミストレイは困ったように笑いながら頷いた。
「関係がないわけではありません。私の名は母がミストレイン様の名前から取った物ですので」
「天候を司るなどという最上級クラスの能力を持つ竜の名を? ミストレイ、君は……」
「私はタツミと同郷の人間です。彼は覚えていなかったようですが……。まぁ彼と過ごしていたのは本当に小さい頃でしたので覚えていないのも無理はないでしょう。親が離婚し、父に連れられてあの村を出てから私は一度も村に帰っていませんでしたから」
説明しながらも彼女の脳裏を家族が揃って過ごしていた頃の記憶が過ぎる。
村が小さかったが故に家々の繋がりが強かった。
同じ村に住んでいる子供たちは、いわば村全体の大人にとっての子供と言える。
ミストレイ自身もタツミの両親の世話になった事があり、タツミもミストレイの両親の世話になった事があった。
「あの村には、今も母が暮らしているはずです。おそらく母である『レイン』も……」
「……すまない。そこまで深く問いただすつもりなどなかったのだが」
目を伏せて頭を下げる上司にミストレイはくすぐったそうに笑う。
「気になさらないでください。話したくて話した事です。親の事は心配ではありますが……ここでのタツミの実績から言って彼ならなんとかしてくれると信じていますから」
「ああ、そうだな。あいつならばやってくれる。私たちは私たちに出来る事をするとしよう」
「はい、ギルド長」
遠い地の友を、古い知己を信じて彼らは彼らの仕事に取り掛かった。
ギルフォードへの報告を終えた頃、他の皆が起き始めた。
軽めの朝食を取り終えると彼らは予定通りに別行動を取る事になる。
アルカリュードの面々はメデューサの討伐。
タツミたちはドラゴン『ミストレイン』の討伐。
どちらにも『瘴気』が関わっており、何が起こるかわからないのはどちらも同じ。
どのような事態が起きても目的を達成するという決意も。
「お互い無事にここでまた会おう」
「ああ。そちらに限って油断などしないだろうが、気をつけて」
「そちらもな。一人も欠けてくれるなよ?」
無事の再会を誓い、二つのチームは別れた。
両チーム共に士気は充分だ。
アルカリュードの面々は周囲を最大限、警戒しながら老婆の姿をしたドラゴンを先導役にメデューサが住処にしていると思われる洞穴を目指す。
「……魔物がまったく出てないな。静かなものだ、不自然なほどに」
「こっちに来る時はやたら敵意を向けてきた魔物が一匹も出ないわね。襲ってくるかと警戒していたのだけど」
アーリとルンは周囲を睥睨するように見回す。
魔物はおろか鳥の一羽、虫の1匹すら見当たらない。
タツミの故郷の村に向かう途中で襲ってきた多種多様な魔物の群れ。
あれほどの襲撃があった事など嘘であるように進む彼らの行く手を阻む者はいない。
「そりゃこんな婆さんが同伴してるやつに近づいてくるわけねぇだろ。どんだけ調教されてても本能が拒否するぜ、格が違いすぎるって思っちまってな。シルフたち精霊も怖がってるし」
ギロリという擬音が聞こえてきそうなほどに鋭い目で先導する老婆を睨みつけるライコー。
「ヒッヒッヒ、まぁそういう事さね。少しでも野生が残っている魔物なら私の気配を僅かでも感じ取れば逃げ出すはずさ」
しかしそんな視線を受ける当人はまったく堪えた様子もなく、飄々と受け答えしている。
「(ドラゴンは魔物の頂点の一角。そんな存在の気配が感じ取れるほど近くにあれば、確かに大抵の魔物は手を出そうとは思わないはずですね)」
どうにか二人の間の空気を和らげようと全員に念話を送るカロル。
気遣われている事がわかったのか、ライコーは不満げに口を尖らせながらもそれ以上、ミストレインに絡む事はなかった。
「これは前途多難かしらね、リーダー」
いつになく攻撃的なライコーを心配そうに見つめ、隣のアーリに小声で声をかけるルン。
「そうだな。ライコーの事だからいざ戦いになった時にまであの悪感情を引きずる事はないと思うが少し心配だ」
「そうね」
パーティの年長者である2人はこの雰囲気が続く事を危惧し、同時にため息を付いた。
「くくく、そこは安心していいぞ。お二人さん」
「「っ!?」」
気配もなく背後に忍び寄っていた当事者の片割れに、2人はびくりと震えて振り返る。
「いつの間に……(やはり気配がまったく感じられん。タツミ殿はどうやって彼女の動きを察知しているのだろう?)」
「くく、企業秘密だといえば満足かい?」
アーリの疑問を煙に巻くような言葉で流し、老婆は皺くちゃの顔でからかうような笑みを浮かべる。
「さて私と鬼の子についてだが。鬼の子はまぁ見ての通り、竜と並ぶ程の強者である鬼、まぁこちらの土地では『オーガ』と言った方がわかるだろうが、まぁその血を引いている。竜もそうだが基本的に並び立つような種族を見ると直感的にわかるのさ。そしてそういった超越的な種族は並び立つ者を敵視する。自らこそが頂点だという誇りが血の一滴にまで染み込んでいるが故にな。だから血が滾ってしまい、相手に対する行動がついつい攻撃的になってしまう。あの角を見るにあの子は鬼側の性質を濃く継いでいるんだろう。だからすぐ傍にいる種族的敵対者である私にああいう態度になるわけだ。本来なら出会いがしらに即戦闘に発展してもおかしくないよ」
彼女の言葉に2人はぎょっとする。
それは彼女の中に流れる人外のルーツが竜にも並ぶ者であった事への驚きであり、強者の間にある種族的な暗黙のルールが存在する事への驚きでもあった。
「あの子が直接手を出さないのは私には勝てないという事が理解できているから。とはいえそれ以上にお前さんたちに迷惑をかけまいと己の血を押さえ込んでいる事、あの子を気に入っている精霊たちがあの子の血を諌めるのに一役買っている事も大きいね。あとは半分人間である事も本能的な敵意を押さえ込めている要因かねぇ?」
「それでもああいう態度になるほどにその『血の性質』という物は強いという事なの?」
「その通り。四桁の年数を生きている私だからこそこうして気にせずに接していられているが、もしも百年程度しか生きていない若造竜と出会ってしまったらどちらともなく、いや十中八九、出会った側の竜の方が手を出してくるだろうね」
明らかになった仲間の性質の厄介さに顔をしかめる2人。
その様子を見てミストレインは笑みを深めながら、しかし視線の奥に冷徹な何かを抱えた目で問いかける。
「つまりあの子を身内としておくと竜との敵対は避けられんという事だ。ああ、お主の飛竜は厳密には竜とは異なるぞ。今、私が語る竜とはいわば純血種としての竜なのでな」
試すような彼女の物言いにアーリたちは不快感を覚えた。
「言いたい事はわかった。しかしそれがどうした?」
「まさか『その程度の事』で私たちがあの子をパーティから外すと思っているのかしら? だとしたら心外ね。まぁ彼女が仲間になってまだ一年も経っていないけれど、それでも私たちはあの子が気に入って一緒にいるのよ? 気が合う仲間だから一緒にいるのにリスクがどうとか気にするわけがないじゃない」
だからこそ2人は老婆の発言に潜む悪意を力強く屠るように言い返す。
「……ふふ、そうかい。これは失礼な事を言ったようだね。謝罪させてもらうよ」
老婆は2人の言葉と表情からその言葉に嘘がない事を感じ取ると、どこか嬉しそうに、しかし神妙に頭を下げた。
「我々を試すとは人の悪い事をする」
「そういう性分なのでねぇ。もはや習性のようなものさ。関わる事になった自分の不幸を嘆いておくれ」
数瞬前の真剣な態度が嘘のように飄々と言うと彼女はルンたちの視界から消え失せた。
反射的に先ほどまで話題になっていたライコーの方を見てみれば、突然現れた老婆を険しい顔で睨みつける彼女の姿が見える。
「……先の話。本当だと思うか、ルン?」
「ありえないとは言えないけれど、ミストレインさんの人をおちょくる様子を見ていると疑わしいのも事実なのよね」
ため息を零しながらも目的地へ向かうペースを落とす事はない老婆のドラゴンの様子に2人は頭痛を堪えるように頭を抑えた。
「まぁ事実であろうが嘘であろうが竜が住んでいるような場所へ赴く場合は警戒しないわけがない」
「そうね、やる事が変わらないのなら必要以上に気にしても仕方ないわ」
結論を出した君たちはとうとう鬼ごっこを始めてしまったミストレインとライコー。
「まぁともかく。いい加減あの2人を止めましょう」
「そうだな」
彼女らは2人をどうにか止めようと小さな身体で精一杯頑張っているカロルに加勢すべく駆け出した。
彼女たち全員が腹の奥に隠し持っていた瘴気を纏った強敵との戦いへの極度の緊張はいつの間にか霧散していた。




