見えない襲撃
アルカリュードの面々は順調に山を進む。
どうやら天候は落ち着いているらしく、雪も今は降っていない。
視界も良好で足元だけ気をつけていれば登山になんら問題はない状況だ。
「ドラードで軽く周囲を見てくる」
「気をつけてね」
ドラードと共にアーリは分厚く真っ白な雲が広がる空へと飛翔する。
「……」
周囲を見回す竜と一人。
既に村があった場所からさらに山の奥へ登り始めて一日が経過している。
木々はほとんど消え、剥き出しの地面に降り積もった雪が白銀の世界を作り出し彼女らの眼下に広がっている。
真っ白であるが故に何か変化があれば即座に気付く事が出来るだろう。
そんな良好な視界の中、周囲を探り続けた回数はおよそ十数回。
一回一回の哨戒をアーリは真剣な面持ちで行っている。
村を出立してから一日が経過している現在でも彼女の心に油断や慢心、惰性は微塵も無い。
集中力が切れてもおかしくはないほどに異常がない状況下で、しかし彼女らは一つ一つの行動を真剣に行っていた。
そこにはは一重に自分たちにとって恩人であり戦友であり師でもある、そんな一言では表せない男に仕事を任された事への責任感があった。
そしてその気持ちはミストレインの先導で山を登り続けるほかの仲間たちも同じである。
皆、彼には世話になっている。
彼のお蔭で長い人生からすれば僅かとも言える時間で、加速度的に力を付けることが出来たのだ。
恩返しと言うにはこれでも足りないと思いながらも、こんな機会が巡ってきた事を彼女らは喜んでいた。
タツミの故郷の危機であり、下手をすれば最高クラスのドラゴンが街を襲うかもしれないという状況にありながら。
しかしアーリたちは善良な人間だ。
この異常事態の最中に不謹慎だと言う思いの方が強く、またそんな状況だからこそ役割を果たそうという決意もまた強い。
「ミストレインはもうすぐそこだと言っていたが……」
進む方角に何の変化が無い事を確認した彼女は後ろを振り返る。
仲間たちが小粒のように小さくなった影が真っ白な雪原の中でぽっかりと浮かんでいるように見えた。
「(ここまで本当に何事もなかったが……)っ!?」
背筋をぞくりと震わせる明確な殺意。
同時に彼女らの頭上を舞うタツミ以外に認識できないダイス。
結果は『4』。
「ドラードッ!!」
騎手の言葉の意図を正確に読み取った幼竜は急降下する。
彼女らがつい先ほどまでいた空間を、轟音と共にどす黒い光線が通過していった。
「魔法か! だがどこから撃ってきた!?」
飛行しているアーリたちに対して正面から直線的に魔法は撃たれた。
ならば放たれた魔法の先には術者がいなければならないはず。
だと言うのにアーリの鍛え上げられた視力には真っ白い雲に覆われた空しか映っていなかった。
「(見える場所にいないだとっ!? どうなっている!?)」
そんな彼女を嘲笑うかのようにまたしても光線が放たれる。
彼女が注視していた正面から、真っ直ぐに彼女目掛けて。
「っ!?」
幼竜は急上昇する事で真っ直ぐに迫る脅威をすれすれで回避。
手綱を引く事で伝えられた指示にドラードは十二分に対応して見せたのだ。
「何もないところからあの光線だけが出現した、のか?」
初めて見る信じられない現象を己の記憶に刻み込むように呟く。
どれほど信じられない事でも目の前で起きた事ならば受け入れ、対策を講じなければならない。
臨機応変に対応できなければ待っているものは己の、そして仲間たちの死だ。
「っ、今度は上か!」
彼女が頭上を見上げながら手綱を操るのと、見上げた先の空間から光が放たれるのは同時の出来事だった。
全てを貫かんと迫る光線。
殺気を感じ取ると同時に反射的に出された指示に従ったドラードは右方向へ弧を描くように旋回して頭上からの攻撃を回避する。
「ぐぅっ!」
真横を落ちていった光線が巻き起こした風に煽られ、1人と1体は吹き飛ばされる。
必死に相棒の手綱を握り、吹き荒れる風を相手に歯を食いしばるアーリ。
ドラードもまた制御が利かなくなりそうな体を必死に制御し、騎手を振り落とされないように最大限の努力をした。
お蔭で彼女らはこのわけのわからない砲撃を未だに直撃せずにいられる。
「引くぞ、ドラード!」
「グォッ!」
唸り声を合図に彼女らは仲間たちの元へ飛翔する。
追撃が来るかと常に周囲に気を張っていたアーリだったが、不思議な事に術者のいない魔法が放たれる事はなかった。
「(何故だ? 縄張りに入らなければ攻撃してこないという事なのか?)」
疑問にこそ思うものの好機である事に変わりはない。
1人と1体は無事に戻る事に全力を注ぎ、そして逃げ切る事が出来た。
「あら、随分早いお帰りだけど何かあったの?」
その言葉は疑問と言うよりは確認だった。
明らかに焦っているアーリとドラードの様子を察する事が出来ないほど、ルンは鈍くは無い。
「ああ! とにかく全員、これ以上進むな!」
彼女の推察通り、アーリは流れ出た汗を腕で乱暴に拭いながら叫ぶ。
全員がその言葉に従い、何が起きたか聞くためにドラードから降りて荒い呼吸を整えている彼女の元に集った。
「そう、そんな事が……」
空で起きた出来事を聞いたルンは厄介な事になったとため息を漏らす。
「悔しい事に相手についての情報は何もわからなかった。攻撃についてもあの光線から魔力が感じ取れたから魔法だと判断したに過ぎない。少なくともカロルが今まで私の前で使った魔法ではなかったが、それで果たしてあの攻撃の原理や対処法がわかるかどうか……」
不甲斐ないと悔しげに眉間に皺を寄せるアーリ。
そんな彼女を尻目にルンは自分たちよりも魔法について知識があるだろう3人に視線を向ける。
「……何かわかるかしら? カロル、ライコー、ミストレインさん」
訊ねられてすぐに答えを返したのはライコーだった。
「単純にアーリとドラードに相手が見えなかっただけで、そこにいたんじゃないか? 姿を消す、見た目を変える、気配を眩ます、なんてのは精霊や妖精にとって当たり前に出来る事だから襲撃してきたヤツももしかしたら……」
なるほどと一同は彼女の意見に相槌を打った。
「(ライコーさんの推測の可能性が一番高いと思います。あと可能性は極めて低いとは思いますが、攻撃だけをこちらに飛ばした可能性があります)」
「攻撃だけを飛ばす?」
意味がわからず鸚鵡返しに聞き返すアーリに、カロルはどう表現するか考え込む。
やがてミストレインを見つめると思い浮かんだとばかりに手を叩いた。
「(ミストレインさんは現在、老婆の姿を私たちの前に投影していますが本人は別の場所にいますよね?)」
「うむ、その通りだよ」
「(つまりミストレインさんが姿だけを僕たちに届けているのに対して、襲撃者はその光線だけをアーリさんの元に届けたという事です。ただこれはミストレインさんよりも高度な事をしている事になりますから……)」
言葉を濁す少年の様子にルンはため息を付きながら納得した。
「だから『可能性が極めて低い』のね。天候を操作できるだなんて豪語する竜よりも高度な真似が出来る何者かがいるなんて、あまり想像したくないわ」
「確かに。私が投影したこの老婆の姿に攻撃能力は無いね。あくまで姿を相手に認識させ意思疎通を可能にする物だ。これ以上の事が出来る存在はこの山にはいないよ。たとえ『瘴気』で力を増していようともね」
黙したまま、カロルの言葉を聞いていたミストレインは感心したように補足する。
「カロルの推測が当たっているのだとすれば、ライコーの言ったように光線の発生地点に見えはしないが襲撃者がいるという事になる。ならば……」
「攻撃した時にその場所を攻撃すれば良い。ここは俺に任せてくれよ」
ライコーがニヤリと笑いながら自信満々に胸の前で手甲を打ち鳴らした。
「何か案があるのか?」
「ああ、任せとけ」
そう言う彼女の姿に頼もしさを感じる反面、何か無茶をするのではと不安にもなる一同だった。




