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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第七章
117/208

行動方針決定

 タツミ宅に戻り、リビングで椅子を持ち寄って車座を組む。

 暖炉の火を点けた為か、この部屋は外に比べて破格の暖かさになっている。

 全員が張り詰めていた意識を緩めたところで、タツミが代表して老婆のドラゴンに声をかけた。

 

「それじゃ説明してくれるか。ここに住む皆がなぜあんな事になったのか」

「そうだな」

 

 こほんと咳払いを一つして間を置くとミストレインは口を開いた。

 

「さて何から話そうか。……そうだな、まず前提として彼らは『その時』まで普段通りの生活を送っていたよ。誰一人例外なく。異変の兆候と思われるような出来事に遭遇する事もなかったようだ」

 

 静かな調子で彼女は殊更ゆっくりと語り出す。

 

「石にされた者たちの中で、いつどこからどうやってメデューサが村に入りこんだかを認識している者はいなかったね。突然、何の前触れも無くアレは村の中に現れ、直接対峙するまで他の者に気付かれる事もなく静かに一瞬で石化していったようだ。悲鳴を上げる暇も無い。人間たちの記憶はいずれも突然現れたメデューサへの驚愕や恐怖の感情で終わっている。相当に力が強いようだね。完全な石像と化すまで普通なら個人差があるはずなんだが、悉くを一瞬で終わらせているな」

 

 ミストレインが村人の記憶から得た情報は手掛かりが何一つない状況からすればまさに天の恵みと言える物だ。

 しかし聞かされた内容は状況を改善する物ではなかった。

 

「メデューサの通常では考えられない強さについては理解できたが、肝心のそいつの居所までわからないという事か?」

 

 先ほどの唐突な暴挙に苛立っていたアーリは不満げな声音で皮肉を言う。

 しかし老婆は彼女の言葉に喉を鳴らしながら小さく笑うだけだ。

 

「おいおい、せっかちだねぇ。あんな騎手想いの上等な幼竜の乗り手ならもっとどっしり構えておきなさいな」

 

 からかうような言葉を受けて眉間に皺を寄せる彼女を、カロルが袖を掴んで止めた。

 先ほどのミストレインが放った威圧感の恐怖を思い出したのか、彼の袖を掴む手は震えておりその顔は青褪めている。

 アーリは彼の様子に上げかけた声を抑えこみ、自身の不満を堪えるように拳を握り締めて老婆を睨みつけるだけに留めた。

 

「ふむ……(自分の怒りより仲間の身を優先するか……)」

「いちいちちょっかいを出さないで話を進めてくれ、ミストレイン」

 

 タツミがため息と共に諌め、視線で先を促すと老婆はおどけるように肩を竦める。

 

「やれやれ、若い者はせっかちでいけない。……村人の記憶に残っていたメデューサは『瘴気』を纏っていたよ」

 

 『瘴気』という単語に場の緊張が高まる。

 

「あの気色の悪い気配は今も私を蝕んでいる物と同一のモノだ。そしてそうとわかれば、私の広大な庭の一部であるこの山のどこにいるか感知する事など容易い事さ。天候を操ると自称しているのは伊達ではないのでね」

 

 取り憑かれた事への自嘲か、ミストレインは先ほどまでと違う種類の笑みを浮かべ、しわがれた指である方角を示した。

 

「ヤツはこの村からさらに山を登った途中にある洞穴にいる。何をしているかは知らないが今は動いていないようだ」

「さんざん焦らしといて場所までわかんのかよ! 村人さんたちの記憶のくだり、いらなかっただろ!」

 

 思わず声を荒げるライコーにその場に集まった大多数の人間は心中で同意する。

 目の前の老婆への心象が悪い事も手伝い、その視線はいつになく剣呑だ。

 

「そんな事はないさ、鬼の子。私がここの人間たちの記憶を話した事でこの一件の下手人であるメデューサが瘴気に憑かれて並外れて強くなっている事がわかっただろう?」

「そりゃそうなんだが。……なんかこう、とにかくなんかいちいちおちょくってる感じがして腹立つ!」

「まぁまぁライコーさん、落ち着いてください」

 

 ライコーの苛立った態度をオイチはそっと宥めるが効果は薄い。

 まだ出会ってそれほどの時間が経過していないにも関わらず、タツミとオイチ以外の人間は彼女への悪感情が積み重なっていた。

 実力が桁違いに高く、さらにいちいち煙に巻くような言動や行動をされてはピリピリするのは仕方がない事だろう。

 

「くくく、そういきり立つでないよ。こちとら瘴気に身体の自由を奪われてストレスが溜まっているんだ。少しぐらい吐き出させておくれ」

「つまるところ八つ当たりだろう。他に類を見ないクラスのドラゴンの八つ当たりなんてそう何度も受けたくはない。そろそろ真面目にやめてくれ」

「ひひ、まぁそうさな。まずそっちを片付けてもらわないと私の頼みに取り掛かってもらえないだろうし。無駄に時間をかけるような事はそろそろやめようか」

 

 にやにやと笑いながら己の所業を無駄な事と言い捨てる辺り、完全なる確信犯だ。

 黙りこんで腕組していたトラノスケの眉間が深い皺を刻み、ライコーが部屋に響き渡る強い舌打ちをする。

 険悪な空気が部屋に蔓延しそうになった瞬間、ルンがミストレインの言葉の意味に気付き慌てて声を上げた。

 

「ちょっと待って。瘴気に身体の自由を奪われているって言ったわよね? ソレって大丈夫なの!?」

「(そ、そうです! 天候を司るなんて伝説級のドラゴンが瘴気に取り憑かれたら……)」

 

 最悪の大惨事を想像したのか、二人の顔色は青褪めている。

 

「ああ。まぁ、まだ持つさね。だからこそ早いところタツミにはさっさとこの村を救って私の所に来て欲しいんだよ」

「タツミ殿に自分を助けさせようと? だとしたら態度を改めたらどうです?」

 

 トラノスケの棘のある言動などまるで意に介さず、老婆は言葉を続ける。

 

「ひひひ、少し違うね。私がタツミにお願いしたのは瘴気に意識を奪われる前に殺してほしい、さ、助けて欲しいだなんて頼んじゃいないよ」

「……なにっ?」

 

 しごくあっさりと己の死を語る老婆をタツミ以外は信じられないという表情で見つめる。

 

「私の力が及ぶ間なら攻撃に対して無抵抗になれる。タツミほどの力ならば私を屠る事が可能だ」

「いやいやいや、そんなあっさり自分を殺せだなんて……本気なの?」

「ああ、本気だとも。だからこうしてお願いに来たのさ。近場にいて確実に殺してくれるだろう男にね。……長く生きてきた竜生。そろそろ潮時だろうと思っていたところだから、むしろ私にとっては今回の事は都合が良いのさ。それに瘴気が他の凶暴な連中に取り憑いて暴れまわるよりは抑え込める上に抵抗しない私が憑かれている現状の方が人間側としても好都合だろう?」

 

 その言動が信じられず思わず問い返すルンに、ミストレインは飄々と答えた。

 寿命の長い種族の持つ独特の価値観に人間たちが黙り込む中、タツミが彼女に同調する。

 

「確かに下手なヤツだと憑かれた瞬間に暴れ出す。今までの連中は軒並みそうなっていて最初は理性が残っていたやつも最後には……。そう考えれば未だに理性を保っているお前に瘴気が取り憑いたのは二次被害を抑えるのに一役買っていると考えられるな」

「タツミさん……」

「さっき本人には言ったが俺はこいつの願いを聞き入れている。村の皆を救う手助けをする事を条件にしてな」

「竜殺しを躊躇う事無く許容した度胸にはさすがの私も驚いたがね」

 

 茶化すように話すミストレインに、タツミは鼻を鳴らしながらじっと睨みつける。

 

「タツミ殿。何も貴方が矢面に立たなくとも良いのではないですか? こちらが伝説級の魔物であるのなら、それこそギルドに働きかければ対処してもらえる可能性もあるかと」

 

 わざわざタツミが危険を冒す必要はない、とトラノスケが案を出すがタツミは首を横に振った。

 

「確かにギルドへ報告するというのも一つの手ではある……だがそれには問題がある。なぁミストレイン。あんたはいつまで持つんだ?」

「短く見積もって2週間というところかね」

「……ギルドに行って事実確認や適任者の選別なんてしている時間はない、という事ね」

 

 タツミの言わんとしている事を理解したルンが、引きつった顔で現状を言葉にした。

 トラノスケは苦々しげに顔をしかめるが、選択肢が残されていない事を深いため息と共に理解する。

 

「メデューサがいるらしい洞穴までかかる時間は?」

「ここから1日ないし2日と言ったところだね」

「お前の本体がいる場所へは?」

「ここからおよそ4日程度。ただしその日の天候如何ではさらに時間がかかるね。そしてメデューサの住処とはかなり離れているよ」

「……」

 

 タツミは考え込むように顎に手を当てる。

 しばし黙考すると彼は自身に視線を向ける仲間たちを見回した。

 

「……アルカリュードにはメデューサの討伐を頼みたい。やってくれるか?」

「私たちとしては先に宣言した通り、タツミの指示に従うのは吝かではない。……瘴気関連の厄介事を私たちに任せてくれた貴方の信頼に応えて見せよう!」

 

 槍を掲げて気炎を上げるアーリに、ルンやカロル、ライコーが頷きを返す。

 

「事が終わったら一度村に戻ってレインおばさんに事情を話してくれ。これを渡せば俺の関係者だとわかってもらえるはずだ」

 

 この村から旅立つ日、レインおばさんにもらったちょっとした守護魔法のかかったリストバンドをカロルに渡す。

 

「サイズが合わないかもしれないが出来れば付けておけ。守護魔法の効果で物理攻撃に対する防御力が少しだけ上がる」

「(あ、ありがとうございます!)」

 

 さっそくとばかりに嬉しそうに腕にリストバンドを嵌めるカロル。

 そんな子供らしい彼を尻目にタツミは次の指示を出す。

 

「オイチ、トラノスケ、キルシェット。俺たちはミストレインの願いを叶えに行く。こいつ自身は大丈夫だと言っているが、瘴気が相手だ。最悪を想定して動きたい。だからあえて聞くぞ。最上位クラスだろうドラゴンと戦う事になるかもしれない。それでも付いて来てくれるか?」

 

 本当に最悪のケースになった場合、命を賭けて戦う事になる。

 だからこそタツミは最終確認を行う。

 しかし彼の気遣いを他所に、彼女らの返答は早かった。

 

「勿論です」

「当然でしょう」

「頑張ります!」

 

 その即答ぶりに頼もしさを感じたタツミは薄っすらと笑う。

 

「よし。明日から動くぞ。動いた後はいつ休めるかわからないから、今日だけでもゆっくりしよう。うちにある物は自由に使ってくれて構わない。何かわからなければ聞いてくれ」

 

 それぞれの返事が返ってきたことを確認し、タツミはキッチンへと向かった。

 

「タツミ様、皆さんに飲み物を出すのですよね? 手伝わせていただきます」

 

 彼の後をオイチが小走りに追う。

 

「ああ。それじゃそこの棚から人数分のコップを出してくれ」

「はい」

 

 二人の行動に、何かを察したのかミストレインは喉を鳴らして笑う。

 

「なんだ。そういう話とは無縁そうだと思ったが案外しっかりしてるじゃないか」

「お二人の邪魔はしないでください。あいにくとまだ育んでる途中なので……」

 

 トラノスケに牽制され、彼女はぷっと吹き出す。

 

「おやおや、そうなのかい? まぁ、私としてもそこまで野暮じゃないさ」

 

 嬉しそうに目元を緩めるミストレインの姿は孫の成長を喜ぶ祖母そのものだった。

 

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