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ダイスと共に世界を歩く  作者: 黄粋
第七章
116/208

一悶着あれど事態は進まず

 タツミはドラゴンとの話を纏め上げた後、彼女と共にオイチたちに合流した。

 見知らぬ老婆の存在を当然、仲間たちは訝しむ。

 

「タツミ様、その方は一体? この村の生存者……というには雰囲気が異質に過ぎますが?」

「普通じゃないだろ、その婆さん。なんっつーか幽霊っぽいっつーか」

「(幻影の類、でしょうか? でも凄い魔力を感じます……)」

 

 魔法に長けた3名からの怪しむというよりも警戒している態度に、老婆は愉快そうに笑いタツミはどう説明するか悩みように唸る。

 老婆は自分から何か言うつもりはないらしく、タツミに視線で説明するよう促すだけだ。

 

 彼は数秒の思考の末、下手に隠し立てするよりも事実を伝えるべきと結論付けて老婆の正体を語る。

 

「この人はな。昔、一度だけ俺と会ったドラゴンだ」

 

 タツミによって語られるその正体に彼らは当然、驚愕した。

 

 仮初とはいえ人の姿を作り上げる事が出来るような力を持つドラゴンの存在。

 そしてそんな存在にすらも影響を及ぼす『瘴気』の力。

 

「ドラゴン様はこの村がなぜこうなったかご存知なのですか?」

 

 他の人間がドラゴンの存在に思考停止する中、さらりと順応したオイチの言葉に老婆は首を横に振った。

 

「そもそも私はタツミの気配を感じたからこそ、ここにこの姿で現れたのだよお嬢ちゃん。君たちよりも後に来たのだからこの村の人間たちが石化されているという状況もたった今知ったんだ」

「そうですか。何か手掛かりをご存知であれば良かったのですが……」

 

 上品に口元を着物の裾で隠しながらため息を漏らすオイチ。

 心底残念そうな彼女の様子に何を思ったか老婆は楽しげに笑う。

 

「なかなか面白いお嬢ちゃんだ。ドラゴン相手に物怖じせんとは。その図太さに免じて少しヒントをやろう」

 

 老婆はそう言うと彼女らの近くにあった民家に壁をすり抜けて侵入する。

 何をしているのかとタツミが窓から中を窺うと、老婆は石化された住人をただじっと見つめていた。

 何をするでもなくしばし石像を観察すると壁をすり抜けて外に出る。

 

「ふむ……」

 

 少し考え込む仕草をするとドラゴンは別の民家の壁をすり抜ける。

 

「あの婆さん、何してんだ?」

「さあな。ただヒントをくれるだなんて言ったんだ。何か調べてくれているんだろう」

 

 そうして石像を化した村人たちを何人か観察。

 その都度、顎に手を当てて思案し続ける。

 そして何件かを回ると結論が出たのか、彼らの元へ戻ってきてこう告げた。

 

「どうやらこの所業はメデューサの仕業のようだねぇ」

 

 その突拍子のない言葉にオイチたちは疑問符を浮かべる。

 

「どうしてそのような事がわかったのですか?」

「なぁに、簡単な事さ。石像と化した人間の記憶を見たんだよ」

「(そんな事を!? 壁抜けの時もそうだったけど、魔法を行使した気配なんて感じなかったのに!?)」

「ふぇふぇふぇ、坊や。ドラゴンの年季を舐めちゃいけないよ。何百年と生きていれば暇潰しに魔道を極めようとする事もある。相手に魔力を感じさせないようにするにはどうすればいいか、なんて問題は最初の五十年で確立させている。まぁお前さんほどの才能があるのならその気になれば死ぬまでには出来る事さね」

 

 カロルの念話に動揺する事もなく人を食ったような胡散臭い笑みと共に長命種ならではの価値観で物事を語る。

 

「百年とか俺はともかくカロルは死んでるっつーの。長生きできるって自慢してんのか?」

「長く生きるのに退屈は大敵だという先達からのありがたい教えさね、鬼の子。自覚してるようだが、お前さんにとっては他人事じゃなかろう?」

「余計なお世話だ」

 

 どうやらライコーとドラゴン老婆は相性が悪いらしい。

 

「そう言えば婆さん。俺たちはあんたをなんて呼べばいいんだ? ドラゴンだって事は知っているが名前までは聞いてないんだが」

「おや、そうだったかい? いけないねぇ、年は取りたくないもんだよ」

 

 どこまでも惚けた態度を取る老婆だが、ふと雰囲気を切り替えるとタツミたちを正面から見据える。

 

「私の名は『ミストレイン』。霧と雨を司る、もっと広義な意味で言えば天候を操る事が出来る。長い長い時を生きている『グレータードラゴン』さ」

 

 そう言って老婆は、先ほどまでまったく感じ取らせる事のなかった竜種が持つ圧倒的な存在力を開放した。

 周囲の木々から野鳥や虫などの生物が一斉に地面へと落ちていく。

 突如、出現した化け物の存在を本能が拒否し、一瞬のうちに失神してしまったのだ。

 その存在の影響はもちろん動物たちに留まる事はない。

 

「ぐっ!?」

「うぁっ!?」

 

 呼吸すら止めかねないその圧力にライコーとオイチが膝を付く。

 

「っぅ!?」

 

 カロルはその小柄な身体をびくりと震わせて、その場に崩れ落ちた。

 

「やめとけ、ミストレイン。挨拶にしては度が過ぎてるぞ」

 

 倒れこむカロルを抱きかかえながら、目を細めて闘気を放つタツミ。

 圧力同士がぶつかり合い、暴力的な圧が中和されていく。

 そしてその場には不気味な静寂が広がる。

 

 次いでそれぞれの役割の為に周囲に散っていた仲間たちが血相を変えて彼らの元に現れた。

 

「何事ですか、これは!」

「大丈夫ですか、皆さん!」

 

 トラノスケとキルシェットが臨戦態勢で駆けつけ、少し遅れてルンとアーリも戻ってくる。

 ルンはリューが異様に怯えてる様を見て老婆を警戒し、アーリは今にも逃げ出そうとするドラードをどうにか宥めながらの到着だ。

 

「割と図太いうちの子がこんなに怯えるなんて相当なのだけど、この人何者? カロルがなんで気を失っていのかもあわせて教えて欲しいわね」

 

 ローブの中から決して出てこず、その小さな身体をルンの身体に巻きつけて尚、身体を震わせるリュー。

 そんな生まれながらに共にいる存在の未だかつてない態度とタツミの腕の中でぐったりしている事。

 それらの事象からルンは目の前の老婆への警戒心は最高潮に達していた。

 

「ドラードは完全に戦意を失くしているぞっ! 逃げろと私に伝えてくる! こんな事は初めてだ!」

 

 一定距離から老婆に近づこうとせずむしろ今にも飛び立して逃げ出そうとする愛竜に、アーリは悲鳴のような声を上げながらそれでもどうにかこの場に留めようと手綱を操る。

 

「ふむ、少しやり過ぎたかねぇ」

 

 竜としての力の一端を見せ付ければこうなる事など予想できただろうに、ミストレインは肩を竦めながら意図的に放出していた威圧感を消し去った。

 怯えに怯えていた動物たちは、圧が消えた事でほんの僅かに落ち着きを取り戻す。

 だがそれでも彼女の存在が恐ろしい事に変わりはなく、依然として怯えたままだ。

 

「で、こちらはどちら様なんでしょう? 姫が膝を付いている事にも納得のいく理由が欲しいところですが……」

 

 トラノスケの右の手に握られた小刀とその鋭い視線は、返答次第で老婆に切りつけると声もなく語っている。

 タツミは頭痛を堪えるように米神を抑えながらため息をついた。

 

「そこのドラゴンがちょっと威厳見せようとして仕出かしたんだ。敵意あっての事じゃないから大目に見てやってくれ」

 

 老婆の正体にルンとアーリは声もなく驚く。

 

「ドラゴン……竜ですか。ったく人外長命種って連中は加減を知らないから困る」

「すまないねぇ、なにぶん長い事生きているもんだから、色々と大雑把に判断してしまうのさ」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らしながら殺気混じりに毒づくトラノスケに対して、彼女はまるで悪びれた様子もなく飄々と言ってのける。

 2人が睨みあっている間に、タツミはカロルを抱えたまま、膝を付いていたオイチたちに声をかけた。

 

「オイチ、ライコー。大丈夫か?」

「まだちょっと気持ち悪りぃ」

「私はもう平気です。兄の殺気に比べれば大した事はありません。しかし少し緩んでいたようですね、猛省せねばなりません」

 

 頭をふらつかせながら立ち上がるライコーの顔色は青いが、オイチは既に立ち直っている。

 この辺りは潜り抜けてきた修羅場の差だ。

 オイチは過去、自身より実力が上の敵を相手に何度も戦った経験がある。

 ライコーとてそういった経験がないわけではないが、密度としてはオイチには遠く及ばないのだ。

 

「カロルの具合はどう?」

「気を失っているだけだ。直に目覚める」

 

 弟も同然の存在の身を案じるルンに、タツミは簡潔に状態を伝える。

 

「そう、良かったわ」

 

 ほっと息をつくルンの姿はただそれだけで女性の艶かしい。

 だがそこに劣情を催すような人物は幸か不幸か今、この場にはいなかった。

 

「さて……少しどたばたしたが一度家に戻ろう。そこで改めてミストレインが収集してくれた情報を聞き、今後の行動を練るぞ」

 

 タツミの言葉を疑問に思う者もいたが、寒風吹きすさぶ外で言及するのも憚られたのか誰もが一旦、口から出かけた疑問を保留する。

 未だミストレインを名乗った老婆のドラゴンに対する警戒心は消えないが、それでもリーダーの意見に従った形になった。

 

「うーむ、しっかり引っ張っているようだねぇ。まったく頼り甲斐のある男に育ったもんだ」

 

 自身に向けられる敵意も警戒も意に介さず、したり顔で頷くミストレインに対してタツミは呆れたという意志を隠す事無く盛大にため息を零すのだった。

 

 そしてその裏で彼はある事を考える。

 

「(メデューサ、か)」

 

 あちらの世界でごく最近に戦った相手の姿。

 その言動からこちら側から来たと推測される。

 今までの経験から言って今回の件と無関係ではない可能性が高い。

 少なくともタツミはそう考えていた。

 

「(オイチじゃないが、気を引き締めないとな)」

 

 そんな風に決意を固めながら彼は仲間たちを先導するように自宅に向かって歩く。

 彼の背中に突き刺さる興味深げな視線を意図的に無視しながら。

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