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第2章:4の皇帝――覇道と凍てる孤高(22)



「貴様ぁっ……その手を、あやから離せ!!」


ルカの喉から、獣のような咆哮が迸った。

スカイブルーの瞳を血走らせ、金縛りのような威圧を気迫で引きちぎって踏み込もうとする。

胸の奥の【熱い泉】が狂おしく波打ち、あやを奪われかけた怒りが青白い闘気となって全身から噴き上がっていた。


だが、レオンハルトは腰に回した腕を緩めるどころか、挑発するようにあやの身体をさらに己の胸元へと密着させた。

百八十八センチの屈強な体躯に完全に閉じ込められ、あやの華奢な背中に、男の硬い胸板と甘いベルガモットの熱が容赦なく押し当てられる。


「ルカ、動かないで!」


あやの鋭く凛とした声が、爆発寸前だったルカの足をピタリと止めた。

あやは息を呑み、耳元にかかるレオンハルトの熱い吐息を意識の端で受け流しながら、冷徹な思考を高速で回転させていた。


恐怖で震えている暇などない。

社畜時代、無理難題を突きつけてくる理不尽な役員との交渉のテーブルに、裸一貫で放り込まれた修羅場の記憶が蘇る。

逃げ道がないなら、相手にとって【殺せない理由】をその場で作るしかない。


あやは知的な二重に縁取られた切れ長の瞳をわずかに細め、長い黒睫毛を上げて、至近距離からレオンハルトの黄金の双眸を真っ直ぐに見据えた。

白磁の肌に、ふわりと大人の不敵な笑みを浮かべてみせる。


「……陛下。私を寝室へ連行される前に、その計画書の『致命的な穴』について、ビジネスのお話をいたしませんか?」


「……何?」


レオンハルトの眉根がわずかに動いた。

拘束され、命の危機に瀕しているはずの女の口から出た、あまりにも場違いで怜悧な単語。


あやは拘束された体勢のまま、レオンハルトが奪い取った羊皮紙の最下段を、白く細い指先でトンと突いた。


「今夜、陛下が護衛も連れずにたった一人で乗り込んでこられた理由……分かりますわ。近衛の内部にまで暗殺計画が張り巡らされており、誰も信用できなかったからでしょう?」


「…………」


レオンハルトの黄金の瞳が、僅かに細められた。図星だった。


「その計画書に記された古代兵器――あれはただの爆薬ではありません。陛下の持つ【絶対零度の氷結魔力】の波長を逆探知し、魔力経路そのものを内側から凍結破裂させる、対レオンハルト特化の呪詛兵器です。……今のままでは、いくらSランクの陛下とて、発動されれば無事では済みません」


「……お前、なぜそれを」


レオンハルトの声から、微かに嘲笑が消えた。

暗殺計画の全容は掴んでいたが、敵が用意している兵器の【内部術式】まで、帝国の情報網ですら暴けていなかったのだ。

それを、この女は先ほど羊皮紙を数秒眺めただけで、完全に読み解いていた。


「私なら、あの古代兵器の論理術式を書き換えて、無力化できます」


あやは神聖なまでの静謐さを宿した漆黒の瞳で、王者の視線を真っ向から受け止めた。


「私を殺すか、拘束して敵に回すか。それとも――優秀な【外部ブレーン】として手元に置き、確実に反逆の芽を摘み取るか。……どれが帝国の覇王にとって有益か、計算がおできにならない陛下ではないはずです」


静寂。

地下金庫の冷気が、あやの放った知性の熱量によってジリジリと軋む。

レオンハルトは息を呑み、そして――低く喉を鳴らして、獰猛な笑みを浮かべた。


「……くくっ、ははは!」


低音のバリトンが、金庫の壁に心地よく反響する。

レオンハルトは黄金の瞳をギラつかせ、腰を抱き寄せていた腕をゆっくりと滑らせて、あやの顎先を革手袋の指先でくいと持ち上げた。


「面白い。本当に……底知れない女だな、お前は。この俺を相手に、命懸けで取引を持ちかけてくるとは」


耳元に落ちる、甘く熱い俺様の声音。

だがその瞳に宿るのは、あやをただの獲物としてではなく、初めて己と対等に渡り合える【唯一の存在】として見出した、狂おしいまでの執着だった。


その光景を、一歩後ろで見つめていたルカの胸の奥で――。


ドクンッ!!


激しい嫉妬と無力感が、重い楔を打ち砕くように弾けた。

あやが一人で皇帝と渡り合い、交渉を成立させていく背中。

守りたかった。あやを誰の手にも触れさせたくなかったのに、自分はただ剣を構えて立ち尽くすことしかできていない。


(……届かない。俺の知らない場所で、あやが遠くへ行ってしまう……!)


ルカのスカイブルーの瞳が、焦燥と昏い独占欲に染まり、胸の奥の泉が激流となって全身の神経を焼き尽くさんばかりに疼いた――その刹那。


「あやきち! お喋りはそこまでですことよ!!」


天井の通気口から、フク子の切迫した金切り声が響き渡った。


「外から重装歩兵の足音が多数! 子爵の私兵どもが、金庫の魔導警報の異変に気づいて地下通路を完全包囲いたしましたわ!」

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