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二番目のノエル  作者: 青嵐 瑠璃


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6/8

6


「マリー、ノエルとどこに行ったの?」



 パトリシアの問い詰めるような口調に、先に言うべきだったと思った。


「博物館に古い硝子のランプがあって、急に見に連れてってもらうことになった。ごめん、先に言うべきだった」


「面白かった?」

「一つだけ、七色ガラスを使ったのがあって。硝子がカーブでできてて、繊細だった」


 光を纏ったガラスが輝いていた。



「それは良かったと言うこと?」

「とにかく綺麗で、感動したってこと」


「じゃあ、良かったね」

「次から、ノエルに会うときは分かってたら先に言う」


「ううん。もういいの。ノエルにプロポーズするから」


 パトリシアの国では、女性がプロポーズするのは普通だそうだ。



「結果は、ノエルから聞いて。どっちにしろ明日、帰らなくちゃいけなくなったから」


 パトリシアは、その後に何か言った。パトリシアの国の言葉で、マリーに意味は分からなかった。




「マリー、私の国に来ることがあったら、絶対に会いに来て。おばあちゃんになっても、ずっと待ってるから」

「パトリシア、私ずっとこの街にいるつもり。必ずまた会おう。元気でね」


 二人で抱き合って、再会を誓った。




 マリーは、パトリシアが帰っても、以前のように涙は出なかった。本当に、パトリシアにまた会うつもりで、もっと遠い国に行くのも、今は怖いと思わなかった。








 マリーは、工房の新しい弟子と床を掃いていた。


 ノエルは、パトリシアに何て返事しただろう。しばらく会ってない。

 


 思い浮かんだことを慌てて打ち消し、マリーは先に帰る職人たちに挨拶をした。


「お疲れ様でした。気をつけて」


 弟子は、無視して挨拶をしない。



「古い小屋だな、やる気がでない」


 静かになった工房に、弟子の呟きが聞こえた。



 確かに床は掃いてもきれいになったかわからない程、硝子が付いたり、ひび割れたり。天窓を開ける滑車も旧式だ。


「まあ、そう言わないで。十分硝子が作れるんだから」

「あんたは、ここ以外の工房を知らないから、平気なんだ。ここじゃ、俺の腕は活かせない」


「本当に、綺麗に仕上げるもんね」

「本気で言ってるのか?」


 何が癪に障ったのだろう。顔が歪んでいる。



 婚約破棄を思い出し、喧嘩しないようマリーは気を静めて謝った。それが、余計に悪かったらしい。


「クソ女」



 謝った時には遅かった。怖い。首を締められ、マリーは涙が浮かぶ。苦しい。



「俺が一番だっ!指示するなっ!」


「―――ゲホッ、ゲホッ」


 本当に殺す気はなく、マリーは床に突き飛ばされた。



 弟子は、炉の扉のハンドルに手をかけた。


「だめっ」


 掠れた声で叫んでも、遅かった。

 弟子は炉の扉を開けると、掬って火種を投げた。何度も撒き散らした。火が飛び散り、火の手が上がる。


「消してっ、早くっ」


 マリーは溜めてあった水を汲んでは、必死にかけ始めた。


 マリーは蹴り飛ばされ、弟子は狂っていた。





 騒ぎの中、マリーは工房から助け出されて、そのまま道に座っていた。


 工房は燃えていた。

 夕闇に赤い炎が上がって、工房の屋根が焼け落ちた。



 首を締められた時は涙が出たのに、なぜか今は涙が出ない。



 マリーはただ、ただ見ていた。








 ノエルが、おじさまに挨拶するのを遠目に見ていた。ノエルが貴族令息らしく振る舞うのを見るのは、婚約破棄依頼だ。奥様とも何か話している。




「セセラ、すまなかった。同じ言葉の方が慰められると思って」

「いえ。大切な人なので、心配していました」



 ノエルは、隣室でソファに座っている表情のないマリーを見た。


 奥様が着せたのだろう。令嬢らしいドレスに、結った髪。化粧して美しいのに、マリーは人形みたいだった。



「ふたりで、話したいのですが」


 夫妻はドアを開けたままにして、出ていった。




「マリー、心配した」


 向かい合って座ると、マリーの首に汚れのようなあざと、腕には擦り傷。



「ここへ来た伝が、マリーも同じだと知らなかった」



 そういえば、父達は同じ職場にいたことがあって、婚約の話が出たらしい。伯爵は、マリーとノエルの父親たちの上司だった。




「パトリシア、帰ったよ」


「―――婚約おめでとう」


 抑揚のない声。マリーは、ノエルを見なかった。



「マリー大丈夫?」


 マリーの虚ろな目が、泳いだ。



「燃えた。―――全部、燃えた」


 マリーは唇を噛んだ。



「硝子の好きな仲間だと思ってた。大好きな工房だった」

「誰も死ななくて、幸いだった」


 返事はなくて、慰めも聞こえないらしい。

 何が見えているのだろう。何も映さない、マリーの目。



「技術はなくなってないんだろう?再建できる」


「彫金細工をやる意味が分からなくなった。無駄だって言われた。硝子だけでいいんじゃないか、硝子すらできてないんじゃないか。ランプなんて、永遠に作れない」


 マリーの中が、ぐちゃぐちゃになっていた。



「マリーをよく知っている人に、マリーの作ったものを贈ってごらん。完璧じゃなくても、マリーができるようになったことがあるはずだ」


「何を作れっていうの?」

「マリーがあげたいものを」


「もう、工房には行けない。私のせいで全部燃えた」

「でも、工房の人達は待ってる」


「誰も、異国の小娘が本気だとは思ってない」



 零になってしまったマリーの心を、百でなくても、せめて十でもいいから戻したい。



「一緒に工房に行くから。準備して」

「結構です。子どもじゃありません」


 婚約者として会ったときの様な、言い合いが続く。



「硝子のランプは、嫌いになったのか」


「―――はい。大嫌いです」



「ペンダントを返してくれ」


 マリーは、首から青い硝子のペンダントを外してテーブルに置いた。



「捨ててくる」


 鷲掴みにして、ノエルが部屋を出ていく。



「どこに捨てるの?」

「池に投げ捨ててやる」


「捨てる必要ないでしょう」

「大嫌いなら、構わないだろう」



「なんで」

「二度と見なくて済むように、捨ててやる」


「だめっ、やだっ、やぁぁ、返してよぉっ」

「もう、いらないっ、だろうっ」



 追いかけてきたマリーを振り払い、ノエルは外に出た。




 中庭の池に、ペンダントを投げた。





8話で完結です。

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