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二番目のノエル  作者: 青嵐 瑠璃


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5


 ノエルは時々やってきて、一緒にご飯を食べたり、ちょっとした買い物をした。


 自分達の常識が、この国の非常識だった笑えない失敗や、懐かしい母国の話をした。お互い、母国の言葉で会話できる相手が他にいなかったからかもしれない。



 マリーとノエルは、婚約破棄の後に友人になった。








 パトリシアが戻ってきて、工房には新しい弟子が入った。今日は父の上司が、夕食を共にしようとやってきた。


「硝子は随分作れるようになったようだから、そろそろ商いも勉強するかい?」

「私、話せるけど、あんまり書けなくて。もう少し待ってください」


「セセラ子爵のことは、残念だったね。大丈夫かい?」


「今は、いい友人です」

「気が合うからと言って、夫婦にはなれないものなんだな」


 違う出会い方をしていたら、違ったかもしれない。



「そうですね。私の恋人は硝子ですので」

「それは、困ったな」


 食事をしながら、マリーはノエルの恋人にパトリシアを思い浮かべた。







 パトリシアは戻って、また学校に行っていた。時々、授業をさぼってノエルの働く博物館に押しかけるらしい。



「ノエルが忘れられなくて、帰ってきたんだもん」

「良くご両親が許してくれたね」


 パトリシアの家は、商家だと聞いた。ノエルは人当たりがいいけど、マリーにはノエルが商人はあまり想像できない。

 そういえば、裕福な商家なら国が違えば貴族と結婚できるのだろうか。






 工房の新しい弟子は、マリーと同じくらいの歳だろう。父親が、元は工房をやっていたらしい。


 彼は早口で、マリーは聞き取れなくて何度も聞き返す。嫌な顔をされるので、言葉も頑張って覚えなければと思う。


 マリーが教えることは既に知っていて、寧ろ言葉の足りないマリーが教えることはなさそうだった。



「ランプが作りたい?」

「そう」


「彫金は、彫金細工師に任せるべきだ」

「そうかもしれないけど」


「硝子もまともに仕上がらないのに、そんなこともわからないのか」


 でも、マリーは自分でやりたい。あの赤い煌めきを、自分の手で生み出したい。



 上手く伝える言葉を、マリーは知らなかった。








「ノエル?」


 仕事終わりの工房の前で、ノエルが立っていた。


「久しぶり」

「パトリシアに会った?」

「何度も職場に来てる」


 案外、ノエルは乗り気でなさそうだった。歩きながら話した。



「普通だろう?職場に邪魔はちょっと」

「まあ、そうだね。住所教えれば?」


「それはもっと大変だろう」

「そっか」


 マリーには、あっさり教えてくれたのに。


 パトリシアにノエルの住所を教えてあげたい気持ちを、ぐっと抑える。間に入って、何かすべきではない。パトリシアは、マリーの仕事のことをノエルに話さなかった。




「マリーが明日休みなら、博物館に行かない?」


 そういえば、観光なんて全然していなかった。ノエルに海に連れて行ってもらった以外、殆どどこにも行っていない。


「はい、お願いします」


 マリーはノエルと約束をして、部屋の前で別れた。







 翌日、マリーを迎えに来たノエルは、思わず口元を押さえた。


 ワンピースを着て、伸びた髪を編み込んだマリーは、確かに育ちがいいと分かる。階段を駆け下りてくるのが危なっかしくて、思わず手を伸ばす。掴んだマリーの手だけが傷だらけで、なんだかおかしかった。



「連れて歩くのに、いつもの感じじゃ酷いからね。これなら良いでしょう?ご子息」


「うん。すごくいい」

「やった。それなら、昼食は奢りだね」





 博物館は広く、懐かしい匂いがする。静かな博物館の雰囲気のせいか、マリーはとても落ち着いた。


 ノエルは、古文書の辺りにずっといるからと、館内図を指した。一緒に回るつもりなのかと思っていた。



「私、一緒に行くよ?」


「多分、無理だよ。没頭するから」

「それは、それでいいよ」


 ノエルと、古文書のブースまで歩いた。



「僕は、この辺り。次はマリー」

「私?」


 先を行くノエルについて、いくつかホールを横切った。



「うわぁ」


 マリーは慌てて、口を押さえた。飛び跳ねそうに興奮した。子犬になったマリーに、ノエルが笑いを噛み殺す。



「昼食には合流しよう。人目につかないところには行かないで」


 耳元で囁くとコクコクと頷いて、もうマリーにはノエルが見えていなかった。


 そこには、王家のものではないが古い硝子のランプが展示されていた。




 ノエルはまだいたが、マリーは、あっという間に自分の世界に入ってしまった。


 マリーの意識には、もうノエルはいない。説明を真剣に読んで、食い入るように見つめて。こんな婚約者、大変だろう。



 ライバルは、硝子のランプとは。




「何でこうなったんだろう」


 あの時に、素直に婚約すれば良かった。



 しばらくマリーを見守って、ノエルも古文書のブースに向かった。








 マリーは、意外と早くノエルのところに来た。逸る気持ちを抑えて、最速の早歩きで。


 メモメモメモりたい。ペンを貸して。




 マリーは、ノエルを見つけて立ち止まった。ノエルを呼ぼうとして、すぐに呼べなかった。


 本の世界に入り込み、人目を気にしていないノエルは、真剣な顔で本と格闘して。時々、眉間にシワを寄せて、ため息をつく。マリーの見たことのないノエルだった。



 ノエルは、やっぱり外見がマリーの好みで。

 繊細な性格が、色白の肌に合った美丈夫で。



 マリーは海に行った時も、波と遊びながらノエルを見ていた。ノエルは遠くの海を見ているとき、きっと文通相手を想っていたんだろう。


 ノエルの想い人は、どんな人だろう。

 今も想っているのだろうか。


 ノエルが時々連れて行ってくれるカフェもお店も、一人で行く所ではない。彼女と行った店なのか、ノエルに聞くに聞けない。



 今日は、ノエルが恥ずかしくないように、髪は編み込んだ。ノエルと一緒なら大丈夫だろうと、化粧もして久しぶりにスカートを選んだ。


 ノエルに、今更取り繕っても手遅れなことは知っているから。自分のためでなく、ノエルのためだと言って。



 だけど、今は、少しだけ思う。



 できるなら、ここで、初めてノエルと会いたかった。







「ノエル、ペンを借りたい」

「ああ、先に渡すべきだった」


 ノエルは、閉館までマリーからは来ないと思っていた。



「何かあった?」

「ペンを」


「他に」

「何もない」


「お腹すいた?」


 子犬が、少々しょぼくれている気がする。浮かれて、飛び跳ねてくると思ったのに。






 博物館のレストランで、舌平目のムニエルをマリーは無言で食べた。婚約破棄の時のようだと思いながら、またノエルから話し掛けた。


「美味しい?」

「すごく美味しい」


「好きなランプはあった?」

「あのね、ランプが生きててね、硝子がカーブで、こうぎゅっとしてて最高」


 いつものマリーの笑顔が戻ってきて、子犬が尻尾を振るようで、ついノエルも笑った。



「全部。全部。後でメモメモメモ」


 うん。もう壊れ方がいつも通りだ。大丈夫らしい。




「つけて来たんだね、それ」


 ノエルの視線の先、マリーの首元に青い硝子のペンダント。


「高いものじゃないから、見えても危なくないでしょう?」



 ノエルが満足そうなのは、お腹がいっぱいだからだろうか。





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