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二番目のノエル  作者: 青嵐 瑠璃


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4

自分の書いた話を読んでくれる人がいるという、不思議な感覚を味わっています。ありがとうございます。


 休みの日を待って、ノエルに海に連れてきてもらった。マリーは、ずっと波と追いかけっこをしていた。




 海まで馬車で一緒に揺られながら、マリーは仕事の話をした。


 波と戯れるマリーは、仕事の話をしているときと同じに、いい顔をしていた。もう、ノエルに変な意地をはるのはやめた。





 ズボンを膝まで捲り、帽子に髪を隠し、今や貴族の令嬢には見えないマリー。


 マリーは、海には匂いがあるのだと初めて知った。





「もう風邪ひくから、あとは見るだけにしなよ」


 ノエルが怒ってる。でも、やめられない。



 顔を上げると、ノエルが心配そうにこちらを見ている。祭でスリに合いそうになったときも、声をかけてくれた彼は根本的に優しい。



 始めにお互いに飾らずに言い合ったせいか、どうでもいいと思っているからか、気を遣わなくていい。なにしろノエルの素性は知っていて、安心して馬車の中でいろいろ話しすぎた。



 あー。ノエル、眉間に皺が寄ってる。仕方ない。






「服が買える所、ありません?」


 ノエルが、近くの屋台で串焼きを買いながら聞いてくれた。マリーは、ノエルの思う以上にびしょ濡れだった。



「大丈夫だってば」


 仲の良い兄妹か、カップルに見えたのだろう。


「そんなに濡れてたら、馬車に乗れない」

「あー、そっか」


「内の街から来たの?もう遅いから、ここに泊まって行きゃ良いじゃない。身体もベトベトだろ」


 屋台のおばさんは、知り合いの宿屋とその三件先で大抵の服が買えると教えてくれた。






「ごめん。はしゃぎすぎた」


 歩きながら今度はしょぼくれるマリーに、子犬っぽさを感じてノエルは笑った。



「明日も休みで良かった。マリー、面白い」

「顔の話だったら、喧嘩売ってるの?」


「いや、顔はなかなかの美人だ」


 そう、返事が来るとは思わなかった。



「けど、性格が振り幅有りすぎだ」

「それってやっぱり、褒めてないよね?」


 剥れたマリーは、年相応に可愛かった。





 服を買って紹介された宿屋に行き、夕食に外に出た。宿の入り口で屋台のおばさんに再会した。


 夜の海は見るだけにしておけ。大通りから外れるな。手は必ず繋いで離れるな。母親のように注意を受けた。


 色々言われるのも、ノエルは納得だった。


 マリーは丈の合うズボンが無くて、スカートを買った。マリーは普通に可愛いくて、自覚がなかった。





 ノエルとマリーは、手を繋いで歩いた。夜の海は思うより怖く、おばさんに話を聞いておいてよかった。


「真っ暗だね。音だけするって怖くない?」


 月のない夜。塗りつぶしたような広い闇から、波の音だけが聞こえていた。大通りだけが明るくて、マリーはノエルがいなかったら不安だったと思う。


 夜風は冷たくて、繋いだ手が温かい。




 マリーは、波と遊んでいた時と同じ笑顔をノエルに向けた。


「ホッとした」

「え?服?服なんて、何でもいいよ?」


 ノエルは、マリーの返事に思わず笑ってしまう。


 服の話じゃないんだが。



 二度目にマリーに会ってから、ノエルはずっと婚約破棄はやめるべきだったと思っていた。だってマリーは、理想の令嬢で、別れ際の笑顔はキラキラしていた。元々、引っ込み思案なノエルは、緊張のあまり会っても上手く話せなかった。


 留学先で再会したときには、今度こそ後悔しないようマリーに話しかけた。


 学校で見かけたマリーは、いつも俯いて唇を噛んで思い詰めた顔をしていた。母国で見た笑顔とは、ほど遠い顔をしていた。


 他に、同じ国の学生はいなかった。マリーは遠い所に来た不安や、分からないことを話せる相手はいるのだろうか、いつも心配だった。



 ある日突然、会えなくなった。祭りで不安げにしゃがみ込んでいた姿を思い出し、どうにも心配だった。


 無事か確かめたくて。


 会いたい。ただそれだけで。探し回ったとは、とても言えなくて。




「夜も潮が満ちるって言ってた」

「海には入るな」


「もう。分かってる」


 今思えばマリーは不器用で、婚約破棄の喧嘩も一生懸命だったに違いない。


 マリーはまた、子犬の様に逃げてしまうかもしれない。


 ノエルは、マリーの手を握り直す。



 マリーは、信用がないらしい。







 朝早く、ノエルはマリーに起こされた。


「海、海、海、綺麗」


 マリーは興奮しすぎて、言葉遣いまでおかしくなっている。


「早く、早く、早く」

「こら、子犬」


 目をぱちくりとさせた後、マリーに訝しげに見られた。


「どういう意味?」

「そういう意味」



 二人で手を繋いで、朝焼けの浜辺に出た。


 子犬は、手を離したらまた海に入るだろう。ノエルは、昨日洗った服が乾いたか気になった。




「何色って言うんだろう。こういう色、作れるかな」

 マリーは、硝子細工のことを考えていたらしい。



 化粧もせず、帽子も被り忘れ、夢中で海を見つめるマリーは、それでも根本は貴族令嬢らしい。夜は、はしゃぎ過ぎて疲れていびきをかいて寝た。ノエルをすっかり信用していた。



 世間知らずにも程がある。


 ノエルは、思わず口にする。

「やっぱり、婚約破棄して正解だった」



 注意も聞かずびしょ濡れになって、朝からノエルを叩き起こして。



 嫌われても仕方ない。



 マリーは、ノエルの手を離して先を歩いた。

 マリーの伸びた髪が、風に靡く。



「ま、そりゃ嫌いだよね」


 言いながら振り返るマリーの笑顔に、ノエルは呼吸を忘れる。



 こんな可愛い婚約者はきっと、心配で仕方ない。


「嫌いじゃない。手に負えないってこと」

 ノエルは、マリーを捕まえて海に入った。









 明るいうちに街に戻り、マリーは工房に行くと言う。


「休みだろ?」

「でも、ほら、あの、忘れないうちに色を混ぜたい」


 朝焼けの海は、マリーの心を捉えたらしい。


「また連れてくよ。思ってるより疲れてるし、何より潮の匂いがするから、帰った方がいい」

「うー、じゃ、しょうがない。帰る」


 結局、朝から海に入って水の掛け合いになったのは、ノエルのせいだ。




 マリーの部屋の前まで送って、ノエルが帰ろうとした。


「待って、ノエルの住所教えて」




「角にパン屋があるから分かるよ」


 地図に記したノエルの字は、お手本のように綺麗だった。マリーは、そんな気がしていた。





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