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二番目のノエル  作者: 青嵐 瑠璃


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3/8

3


「マリー、見習いは終わりだ。これからもよろしく」


 季節が一回りして、給料をもらえるようになっても、まだまだマリーは未熟だ。


 王室にも納められる硝子細工はこの国の伝統工芸品で、マリーのいる工房には何人かの弟子が入ったが、過酷な暑さと重労働で続く者はいなかった。



 マリーは仕事に必死で、手紙が届くまで忘れていた。父からの手紙には、ノエルとの婚約は双方から破棄になったと綴られていた。


 両親達は長く話し合って、気弱な息子と不器用な娘では仕方ないと結論づけた。








 マリーは学校の中庭で、休み時間を待った。


 学校を、辞めてしばらく経っていた。もう、ノエルは母国に帰ったかもしれない。だから、手紙が来たのだと、どこかで思っていた。




 休み時間が終わっても、ノエルは来なかった。

 婚約破棄の暁には、お礼を言うことになっていたが、憶えてなんかいないだろう。



 あの時、マリーはノエルを言いくるめようと思っていた。けれどノエルは、婚約破棄を申し出た。いつも中庭で話すノエルは、家族思いの人だった。


 マリーにも、今ならノエルがわかる気がする。自分にも他人にも嘘がつけない、多分誠実な人なのだ。そう思ったら、最後くらい約束は守りたい。

 



 休みの度に何度かそうして。


 やっぱり、もうやめよう。そう決めた日に限って。



「マリー」


 呼ばれて振り返ると、ノエルが立っていた。







 二人とも、既に生徒ではなかったから中庭で会わなかったらしい。


 温かいお茶を飲みながら、店内で並んで座っていた。ずっと中庭にいたマリーは凍えていて、ノエルに腕を掴まれて学校の近くのカフェに連れてこられた。




「手紙がきた」

「僕も」


「婚約破棄、ありがとうございました」


 約束は果たした。マリーは行こうと立ち上がったが、ノエルがまた腕を掴んだ。



「温まってからにしなよ。そのまま外に出たら、風邪ひく。唇が真っ青だ」


 ノエルの見た目だけは好みだから、優しくしないでほしい。




「いつ、学校辞めたんだ?全然知らなかった」

「ちょっと前」


「もう、国に帰ったのかと思ってた」

「そちらこそ」


 ノエルがじっと見ていて、マリーは座り直す。

 座り直してしまったのは、母国語で話すのも、工房の人以外と話すのも、久しぶりだったからかもしれない。





「ここは、半分私の故郷」


「故郷?」

「亡くなった母は、この街の人だった。もう、国に帰るつもりはない」


 暫くして、ノエルが理解し微妙な顔になる。見合い相手のマリーには、両親揃っていたはずだ。



「別に、わたしは追い出されたわけじゃない。血が繋がらなくてもお母様は優しいし、家族で仲は良い。貴方の家に売られた訳でもない」


「だからって、一人でこんなに遠くで―――」

「貴方は、いつ帰るの?」


「分からない。今、学芸員の見習いしてる」


「なにそれ?」

「博物館にいる人。古文書が好きだから、いずれは文官になれって言われてる」


 マリーは、日焼けしていないノエルは、本が好きそうだとなんとなく思っていた。

 




 ノエルは、窓の外をしばらく見てポツリと呟いた。


「この街にずっと文通してた人が居て、会いたくてここに来た」

「へぇ。ロマンチック」


 ノエルは、笑った。



「だけど国境超えて追いかけてきて、迷惑だって」


「ご愁傷さま」

「だよね」




 ノエルは、マリーの方を向いた。


「あの時はごめん。婚約破棄の理由を説明すればよかったのに、君を傷つけた」


 マリーは返す言葉がない。だってマリーは、喜んで婚約破棄された。



「全然傷ついてないから平気」


 ノエルは良い人過ぎる。ずっと気にしていたのだろうか。



「あの、これ、あげる。凄く綺麗だから」


 ノエルに渡された箱は、開けたら青い硝子のペンダントが入っていた。



 マリーはパトリシアがいなくなってから、いつも寂しそうにしていた。ノエルは、理由をつけてマリーにあげようと買ったのに、ずっと渡せずにいた。




「女の人にあげるものなんて分からなくて、あの、好きな色も知らないし。気に入らないかもしれないけど。―――マリー?」


「―――なんで」


 マリーの声は震えていた。



「ごめん。そうだな。嫌だよね。やめる」

「違う」


 マリーは慌ててハンカチを顔に当てて、泣きそうな顔を隠した。



「女性に贈るなら、花とかお菓子がお勧めよ」


「そういうもの?知らないよ」

「一緒に買いに行くならまだしも、アクセサリーは、好みの物を渡せることは無いと思った方がいい」


「ごめん。だから、返して。悪かった」

「嫌。だって、これわたしが作った物」


「作った?」


「わたし、職人なの」


 嬉しくて、マリーは結局泣いてしまった。





 ランプを作るには、硝子細工の技術と彫金技術も必要で、練習に金の輪を鳥籠のようにして、中に二色の青を混ぜた硝子を吊るした。好きな金と青の組み合わせで、青空を切り取って入れたつもりだった。


 マリーが練習で作った品を、いつもの卸業者のおばさんが、素敵だから売ってみようと言って持っていった。随分経って、売れたと言って金貨をくれた。売れなくて、おばさんが買ってくれたのかと思っていた。



 自分が作った物を、いいと思ってくれる人がいる。



「硝子じゃなくて、宝石でも色石でもあったでしょう?」

「揺れると色が綺麗だと思った。男物なら自分でつけたかった」


 貴族の令息が宝石でなく、私の硝子を選んでくれた。



 あの時のノエルは、追いかけるほど好きな人がいた。婚約させられて、必死だったんだろう。寧ろあの時、婚約破棄してくれて、ここに来て良かったのだと今なら思える。



 自分が一番になれなくても、自分が作った物が一番になるかもしれない。






「ありがとう。記念にしたいから、ありがたくもらう」


「僕は、そのペンダントに海をイメージしたんだけど」

「海を見たことがあるの?」


「え、まだ見に行ってないの?」


 二人の国には、海はない。



 マリーは、いつか見たいと思っていた。





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