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二番目のノエル  作者: 青嵐 瑠璃


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2/8

2

 声の主を足元から見上げて、マリーは息を呑んだ。


「―――ノエル」

「誰?」



 ノエルはマリーだと、わからないらしい。たった二度会っただけの、望まない婚約者。化粧も髪も変えたら、そんなものか。



 悔しいけれど、今は彼に縋らないと足が震えて立ち上がれない。




「具合が悪いの?」


 マリーを抱えるようにして、ノエルは詰所に向かった。






 落ち着くまで、詰所で椅子に座らせてもらった。


「ありがとうございます。スカートもやめて、夜も出かけないで、気をつけていたんですが」

「綺麗な長い髪だからね。見れば育ちが良いって分かるよ」


「そういう、もの、ですか」


 マリーはがっかりした。



 学校と工房と部屋との行き来は、汗をかくので髪はまとめていた。今まで、運が良かっただけだ。


 それにこの詰所に、母国語を話す人が居てよかった。祭りで訪れる他国からの客人対応のため、派遣されていたらしい。




「あの、ハサミをお借りしたいんですが」


 マリーが髪を握って、ノエルだけでなく詰所の者達もハッとした。

 マリーは、迷いなく髪を切ろうとしていた。


「待て、待て。やたらと思い詰めているようだが、留学生かい?」

「はい」


「それは大変だね。髪は、必要なときは帽子にでも隠せば大丈夫だろう。切ったら勿体ない」

「―――そう、ですか」


 マリーは渋々ハサミを返し、くるくると髪をまとめてリボンで縛った。




 ノエルは、自分の国の言葉を話すマリーに不思議そうな顔をしていた。


 マリーは、名乗るつもりはなかった。








「あのー」


 昼休みにマリーとパトリシアで昨日の話をしていると、話しかけてきたのはノエルだった。



「君、昨日の」


 ノエルは同じ学校だった。今までだってすれ違っていたのかもしれない。お互い居るとは思っていなかっただけで。


「髪」

「見ての通りですが、何か」


 マリーの髪は、肩上で切りそろえられていた。


 ノエルは、随分と過激なマリーにショックを受けた。似合っていて、綺麗な髪だったのに。


 ノエルは、改めて過激な同邦人を見る。

 やっぱり、そうだ。



 ノエルを無視し、パトリシアと話し始めたマリー。



「あの、マリー、だよね?」

「だから何か?」


 邪魔だとばかりにノエルを見る過激な彼女は、確かに振った婚約者だった。







「まさか、ここで会うとは」

「そっくりお返しします」


 パトリシアには知り合いだと紹介したが、彼女は気を遣って席を外した。


「留学するつもりだったから、婚約は私の希望じゃなかったと分かってもらえました?」

「ああ、すまなかった。だけど、僕もそうだと分かってもらえただろうか?」


 お互いに、留学したくて婚約破棄したと判明する。



「では、ごきげんよう」


 顔が好みでも、同じ国から来ても、関わる必要はない。マリーは、挨拶して立ち上がった。



「授業は?」


「仕事なので」

「働いてるの?」


 ノエルには、関係のないことだ。



 マリーはノエルを無視して、短い髪を帽子に隠すと学校を出た。







 マリーは、出来は良くも悪くもない。半日だけの語学学校のクラスは、パトリシアと随分離れてしまった。

 やがて、マリーとパトリシアの休み時間のタイミングは、バラバラになった。


 いつもの中庭に休み時間に行っても、話す人がいない。そういえば昨日は休みで、家にいたマリーは一言も発していなかった。







 今日のマリーは、いつも以上にパトリシアを探していた。昨日、工房で初めてのことをやらせてもらえた。嬉しくて、パトリシアに話したい。



 マリーは学校の中庭にパトリシアの姿を見つけ、呼ぼうとして立ち止まった。



 ノエルもいた。




 マリーは、深呼吸をしてから近づいた。

 二人はその後、同じクラスになったらしい。

 マリーより流暢な会話に、昨日のことを話せない。言いたいことも、上手く言えない。


 今度は国王の誕生祭があるので、クラスの友達で行くらしい。二人の会話は早くて、マリーは全ては聞き取れない。




「マリーも、一緒に行こう」


 パトリシアが気を遣って、ゆっくりと繰り返してくれる。ノエルも、マリーが理解するのを待った。



「あっ、ごめん!忘れ物した!部屋に戻って仕事行くから、またね!」


 マリーは、返事をせずに走り出した。







 自分が居ないときにも、二人は中庭で休み時間を過ごしているのだろう。パトリシアを取られてしまったようで、胸が痛む。




 息を切らして逃げながら、マリーは前を向いた。


 パトリシアはノエルと話していて、楽しそうだった。だからきっと、笑ってるならそれでいい。



 母親違いの姉妹が、自分に気を遣っていた頃をマリーは思い出した。


 優しくされても素直に受け止められないのは、自分が悪い。マリーは、良く知っている。今は、姉とも妹とも本当に仲が良いのだ。パトリシアだって、大好きだ。自分の受け止め方で、全ては変わる。




 ここに来たのは、友達を作るためじゃない。立ち止まったマリーは、手を握りしめて目を閉じる。


 爪の短い荒れた手は、料理も裁縫も手を使うことは極力してきたからだ。掃除と洗濯は、使用人の仕事を奪ってしまうのでやらせてもらえなかったし、庭師には、梯子に登るのはだめだと言われたけれど。

 それでもノエルと婚約の顔合わせの時には、手袋で隠したくらい令嬢らしくない、仕事をしてきた手。



 マリーは、昔見た赤い硝子のランプを思い出す。赤い硝子が脈打って、煌めいていた。

 あれが作りたい。

 マリーに諦めるという選択肢はない。

 マリーの人生は、硝子のランプに出会って変わった。



 そのために、一人でもここまで来たんだもの。



 マリーは顔を上げて、工房へ向かった。








 パトリシアとノエルが、一緒に歩いているのを何度か見かけた。二人は随分上のクラスになり、気が合ったらしい。


 友達が増えて、会う度にパトリシアは出かけた話を楽しそうにしてくれた。それでも、マリーは大事な友達だと言ってくれて嬉しかった。

 



 その後しばらくして、パトリシアはまた来るからと言って、一度国に帰って行った。




 マリーは、ひとりで泣いた。







 顔だけは見たことのあった他の生徒たちも国に帰り、新しい生徒が来て順に入れ替わっていく。


 ノエルはパトリシアが居なくても、中庭に来た。



「食べる?」


 マリーは無言で受け取った。ノエルのくれた母国の白飴は、懐かしい味だった。ノエルは、家族と連絡を取り合っているらしい。



 そういえば、こちらに来てからマリーは手紙ひとつ家族に書いていない。家族が恋しいこの気持ちを、なんて書いたらいいのか不器用なマリーは分からない。




 ノエルは、マリーに普通に話しかけてくる。けれどマリーは、ノエルと仲良くする気は無い。


「マリーは、何の仕事してるの?」

「その辺の仕事」


 荒れたマリーの手。



「料理でもしてるの?」

「私の作った物、食べたら死ぬわ」


 硝子と金属だからね。







 教室で女生徒たちが、ノエルの話をしていた。マリーは黙っているが、どこかからノエルは隣国の貴族だと知れたらしい。


 確かにノエルは優しくて、人当たりがいい。顔もよくて貴族となれば、結婚相手に苦労しない。この国でも貴族同士でないと、結婚は大変なのだろうか。


 気になったのは、きっとノエルの素性を知っているからだ。







 学校にいると置いていかれるようで、マリーは、いつまでも居続ける自分を人と比べてしまう。比べる自分が嫌で、マリーは語学学校を辞めた。

  

 ノエルに言おうとして、マリーは止めた。

 いずれは、ノエルも国に帰るだろう。




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